桜花彩麗伝

 やや自信なさげではあるものの、煌凌はこっくりと頷いた。やれるだけのことをやるしかない。

 朔弦の言い分には納得したようだが、それとは別なところに何か気にかかることがあるらしい。どこか落ち着かない様子でそわそわしている。

 その心情をまるごと見透かし、朔弦は口を開いた。

「……あの者の気持ちが気がかりですか」

 煌凌は分かりやすくぎくりとする。

「な……。い、いや、別に」

「…………」

 “あの者”と同じく、何て嘘が下手なのだろう。なぜ分かった、という言葉を飲み込んだことすら見通せる。

「ご心配なく。自らの意思で“王妃になりたい”と申しています。陛下が無理()いして嫁に貰うわけではないのですから、罪悪感など不要です」

 煌凌は意外そうに瞠目(どうもく)した。明朗(めいろう)で奔放な春蘭の性分からして、後宮という鳥籠のような場など忌避(きひ)するだろうと思っていた。

 結果はいざ知らず、今回のことは煌凌が王の権威を利用し、一方的に決めたにほかならない。
 それ以外に選択肢がなかったとはいえ、春蘭を追い詰めることにならないか憂慮(ゆうりょ)が絶えなかったのだ。

「……それならばよかった」

 ほっと安堵する王を眺め、朔弦は逆に厳しい表情を浮かべる。

「あの者が、お好きなのですか」

 煌凌はどきりとした。確かに心臓が大きく跳ねた。
 しかし、その“どきり”の意味が自分でも分からず、ただただ戸惑ってしまう。

「……いや。そういうわけではない」

 たぶん、と心の中で補っておく。
 好きは好きだが、恐らく朔弦の意図している種類のそれではない。……少なくともいまは、まだ。

「恋情はないのですね?」

「う、うむ」

「そうですか。……安心しました」

 ────寵姫(ちょうき)が国を傾けたなどという逸話は、公人(こうじん)であれば(いまし)めとしてまま聞くことである。
 どこぞの国の暗君が犯した過ちを今上(きんじょう)に繰り返させないように。

 後宮に咲く百花もまた、朝廷の百官並に軽視できない存在だ。
 行き過ぎた寵愛(ちょうあい)は国家を腐敗させ、荒廃させる災厄(さいやく)そのものであることを、立場によらず理解しておかなければならない。

 煌凌は(まつりごと)を知らない。

 もしも春蘭に惚れ込んでいるのであれば、王という立場を忘れ、莫大な権力や富を与えるかもしれなかった。
 妃となった彼女がその力を振るい、自身や一族に都合のいいよう王を操ろうものなら、この玻璃国は瞬く間に滅亡への一途(いっと)を辿っていくことになるだろう。
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