桜花彩麗伝

 肩をすくめて笑う少女に思わず聞き返した。

「うん。お母さまのお墓参りに行ってきたんだけどね、紫苑(しおん)とはぐれちゃって」

 迷子と言う割に不安がる気配はまるでなく、かなり暢気(のんき)に構えているようだ。
 “紫苑”が誰なのかは知らないが、それよりもそんな彼女の様子の方が気になった彼は眉を寄せる。

「ひとりはこわくないのか……?」

「こわくないわ。紫苑ならぜったいに見つけてくれるもの」

 よほどの信頼が窺えたが、彼にはその感覚がいまいちぴんと来ない。
 そのうちに少女が「そうだ!」とひらめいたように手を叩く。

 ごそごそと袖に手を入れると薄紙を取り出す。
 中には艶めく真っ赤な飴の串が二本包まれていた。

山樝子(サンザシ)飴よ。一本あげる」

「サンザシ飴……?」

「うん、さっき(いち)で買ってきたの。本当は紫苑に一本あげようと思ってたんだけど、ないしょね」

 しー、と人差し指を立ててみせる少女と差し出された飴を、戸惑うように見比べる彼に笑いかける。

「甘酸っぱくておいしいから食べてみて! 紫苑が迎えにきてくれるまで、わたしもここにいるわ」

「…………」

 おずおずと飴の串を受け取ると、少女は嬉しそうに自分の飴を頬張った。
 「おいしい!」と純真な笑顔を咲かせる。

 眩しいほどのその姿を見ていると、心を覆う暗雲が晴れていくような気がした。

「あの────」

「お嬢さまー!」

 自分を呼ぶ声を聞き、少女は弾かれたように顔を上げる。
 薄紙に残りの飴を包み直し、ぱっと立ち上がった。

「紫苑だわ。行かなきゃ」

 一歩踏み出しかけた少女の袖を、彼は思わず掴んで引き止める。

「また……会えるか?」
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