桜花彩麗伝
飛び込んできた紫苑は脇目も振らずに寝台へ駆け寄り、昏々と眠る春蘭の頬に手を添えた。
紅潮しており、火照っているのかと思ったがむしろ冷えているくらいだった。肌も唇も白く血の気が引いており、嫌な不安をかき立てられる。
「お嬢さま……」
「……この子ならもう心配ないわよ。お医者さまにも診てもらったし」
芳雪は安心させるべく穏やかに告げる。
────あの茶杯の中身は“酒”であった。
どうやら春蘭は酒を受けつけない体質らしく、それにも関わらず一気飲みをしたせいで酒精が中毒を引き起こしたようだ。
また、少量だが全身を痺れさせるような怪しげな薬まで混入されており、それらの影響を諸に受けてしまったとのことであった。
医員の処置のお陰で毒気は抜けたため、休めば快方に向かっていくだろう。
「よかった……」
彼女の言葉に紫苑は心底ほっとして息をついた。
すると、ようやく芳雪の存在に意識が向いた。春蘭が茶会で倒れてからいままで、ずっと付き添って介抱してくれていたのだろうか。
「こたびはお嬢さまが大変お世話になりました。あの、ところであなたは────」
「おい、紫苑! おまえ、春蘭のことになるとほんっと周り見えなくなるよな。足速すぎだし顔怖すぎ……」
遅れて現れた櫂秦の文句が不意に途切れた。その視線が間仕切りの奥にいた芳雪へと向けられる。
互いが互いを認識した瞬間、はっと息をのんだ。
「櫂秦……!?」
「あ、姉貴!?」
────数刻後、面々は意識を取り戻した春蘭を囲むようにして部屋に集っていた。
随分と顔色がよくなり、体調も回復しつつある。
「……春蘭の命を救ったのが、まさか櫂秦のお姉さんだったとはね」
「姉君もいたのだな」
「ああ……。つか、おまえは何でいるんだよ」
いつの間にやら輪の中にいた光祥は、もっともな指摘を受けると茶目っ気たっぷりの笑みを浮かべる。
「春蘭が倒れたって聞いて、いても立ってもいられなくなってさ。お見舞いに来たんだよ」
今回もまた施療院経由で話を聞いてきたわけである。肝を冷やして駆けつけたが、こうして無事な姿を見られて心底安堵した。
「みんな、心配かけちゃってごめんね。……それから、助けてくれてありがとう」
茶会の途中から記憶が曖昧で、気がついたら寝台の上だった、という具合に飛んでいたが、芳雪から事の顛末は聞いていた。
帆珠の用意した飲みものを口にしたことは、自分自身でも覚えている。