桜花彩麗伝
「あのー……将軍」
宿衛日誌をつけていた莞永は、とうとうたまらなくなって声をかけた。
「何かあったんですか?」
石のように動かない朔弦が果たして何を思案しているのか、まったく読み取れないが、気にするなと言う方が無理なほど峻厳たる雰囲気を醸し出している。
「……おまえに命じたことを覚えているか」
「え? あ、はい。鳳邸にいた紫苑くんのことですよね。お嬢さまがお屋敷を空けてる間、動向を見張っておくようにって」
鳳邸を訪ねる前、市で見かけた怪しい男に対し、無視できない勘が働いた朔弦は彼に目をつけた。
春蘭が尻尾を出すまいと意気込んでも、どこかに綻びは必ずある。
折を見て紫苑を監視するよう莞永に命じていた。そこから掴めるものがあるかもしれない、と踏んでのことだ。
莞永の報告によると、紫苑は丹紅山の麓に佇む堂へと向かったらしい。それ以上の収穫はいまのところないが。
「そういえば、どうして紫苑くんの監視なんて命じられたのですか?」
ふと思い出したように莞永が尋ねる。
普段は朔弦の命令に理由など求めないが、そこが要であるのならばそうはいかない。
「……鳳邸を訪ねた日、市で怪しい男を見かけたんだ」
「怪しい男?」
「その者は鳳春蘭と一緒だった」
「えっ、お嬢さまと……!?」
実のところ答えてくれるとは思っていなかった上、その内容に驚いてしまう。
あっさりと思考の全容を明かしたのは、よほど気にかかってならないためだろう。
猫の手ならぬ莞永の手を借りたいのかもしれない。
そう勘づいた彼は張り切ってその日の記憶を辿った。
「あっ。怪しい男って、もしかして珍しい髪色をしてた人のことですか? 白っていうか銀っていうか、すごく綺麗な……」
「おまえも見たのか」
「はい、目立ってたので。お嬢さまと一緒だったとは気づきませんでしたけど」
朔弦は机上で手を組む。直感的な違和感を思い出し、秀眉を寄せた。
「……あの者に見覚えがあるような気がする」
「え……。前にどこかで会ったとか?」
「分からない。一向に思い出せないんだ」
静かに息をつくと同時に目を伏せる。
確かに既視感があるのだが、その正体は依然として掴めずにいた。
「あ、それならわたしが探ってみましょうか? 地道に調べていけば辿り着けるかもですし!」