桜花彩麗伝

「あのー……将軍」

 宿衛(しゅくえい)日誌をつけていた莞永は、とうとうたまらなくなって声をかけた。

「何かあったんですか?」

 石のように動かない朔弦が果たして何を思案しているのか、まったく読み取れないが、気にするなと言う方が無理なほど峻厳(しゅんげん)たる雰囲気を醸し出している。

「……おまえに命じたことを覚えているか」

「え? あ、はい。鳳邸にいた紫苑くんのことですよね。お嬢さまがお屋敷を空けてる間、動向を見張っておくようにって」

 鳳邸を訪ねる前、市で見かけた怪しい男に対し、無視できない勘が働いた朔弦は彼に目をつけた。

 春蘭が尻尾を出すまいと意気込んでも、どこかに綻びは必ずある。
 折を見て紫苑を監視するよう莞永に命じていた。そこから掴めるものがあるかもしれない、と踏んでのことだ。

 莞永の報告によると、紫苑は丹紅山の麓に佇む堂へと向かったらしい。それ以上の収穫はいまのところないが。

「そういえば、どうして紫苑くんの監視なんて命じられたのですか?」

 ふと思い出したように莞永が尋ねる。
 普段は朔弦の命令に理由など求めないが、そこが(かなめ)であるのならばそうはいかない。

「……鳳邸を訪ねた日、市で怪しい男を見かけたんだ」

「怪しい男?」

「その者は鳳春蘭と一緒だった」

「えっ、お嬢さまと……!?」

 実のところ答えてくれるとは思っていなかった上、その内容に驚いてしまう。
 あっさりと思考の全容を明かしたのは、よほど気にかかってならないためだろう。

 猫の手ならぬ莞永の手を借りたいのかもしれない。
 そう勘づいた彼は張り切ってその日の記憶を辿った。

「あっ。怪しい男って、もしかして珍しい髪色をしてた人のことですか? 白っていうか銀っていうか、すごく綺麗な……」

「おまえも見たのか」

「はい、目立ってたので。お嬢さまと一緒だったとは気づきませんでしたけど」

 朔弦は机上で手を組む。直感的な違和感を思い出し、秀眉を寄せた。

「……あの者に見覚えがあるような気がする」

「え……。前にどこかで会ったとか?」

「分からない。一向に思い出せないんだ」

 静かに息をつくと同時に目を伏せる。
 確かに既視感があるのだが、その正体は依然として掴めずにいた。

「あ、それならわたしが探ってみましょうか? 地道に調べていけば辿り着けるかもですし!」
< 211 / 466 >

この作品をシェア

pagetop