桜花彩麗伝

「そう、だな……」

「……?」

 莞永は意外そうな、不思議そうな表情で朔弦を見やり首を傾げた。
 いつもは果断(かだん)()んで白か黒かを明確に分かち、曖昧なもの言いも命令も忌み嫌う朔弦にしては、何と歯切れの悪いことだろう。

「何かほかに気にかかることでも?」

「……いや」

 口では否を示しても、やはり煮え切らない態度である。
 迷った挙句、ことりと莞永は筆を置いた。
 そっと立ち上がると彼の元へ歩み寄り、几案(きあん)を挟んで足を止める。

「あの、将軍」

 思いきって口を開く。
 差し出がましい、と一蹴されるかもしれないと思ったが、あまりに“らしくない”朔弦を見かね、黙っていられなかった。

僭越(せんえつ)ながら……お嬢さまのためなんじゃないですか?」

 思わぬ言葉を受け、朔弦は眉を寄せた。まるで意味が分からない、といった具合に。
 莞永は怯むことなく己の直感を言葉にする。

「素性の分からない銀髪の男から、お嬢さまを守ろうとなさってるとか」

「…………」

「もしくは……たとえば何か明かせないような秘密が隠されてるとしたら、握り潰して誰からも糾弾(きゅうだん)されないよう手を回そうとなさってるとか」

 妃選びの折にもその後にも春蘭に“隙”でもあろうものなら、連中は目くじらを立てて詰めるはずだ。
 怪しい人物と春蘭にただならぬ繋がりがあれば、それは恰好(かっこう)の隙となりうる。

 だからこそ朔弦はあらかじめ事情を把握しておき、春蘭を守ろうとしたのではないか────。
 よほど気を回しているのはそのためなのではないか、と莞永は考え至った。

 ふ、と朔弦が静かに笑う。呆れたように。

「飛躍しすぎだ」

「そ、そうでしょうか。ですが……」

 だったら、なぜそうも気にかけているのだろう。
 あの銀髪の男が何者であろうと、彼自身には直接の関係も影響もないであろうに。

「わたしはそれほどお人好しじゃない」

 莞永の憶測を否定するかのごとくきっぱりと言った。一切の揺らぎもない、いつもの冷徹な表情で。

「あの者ではなく自分のためだ。看過(かんか)も誤魔化しもできないような秘密があっては、手を結んだ我々も共倒れしてしまう」

 一理ある、と莞永は納得させられた。
 朔弦の中ではそれが真実なのだから、一理も何もないのだが。

「……だが、一旦忘れることにしよう」

「えっ」

「思い出せない以上、(らち)が明かない。いまはほかごとに気を取られている場合ではないからな」

 勅命(ちょくめい)と叔父の意向により、否が応でも王に協力しなければならなくなった。
 無理にでも納得し、彼が審査権を得る策を練るのに意を注がなければ。

 莞永は眉を寄せ、口を曲げた。……本当にいいのだろうか。
 本心が垣間見えてしまい、素直に引き下がれない。あの、と口を開く。

「わたしがお堂の主に会ってみましょうか?」
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