桜花彩麗伝

 呼吸が止まり、瞬きを忘れる。
 ひやりと血が逆流したのを感じ、春蘭は瞠目(どうもく)したまま硬直してしまった。

(やられた……)

 以前もそしていまも、朔弦は“銀髪”などという情報はひとことも漏らしていなかった。
 鎌をかけられ、焦るあまり完璧に乗せられてしまったというわけだ。

「しかし、確かに市でわたしが見たのもそんな男だった。一緒にいたおまえの様子はなにか尋常ではないように思えたが、それはなぜだろうな」

「……!」

 朔弦は慎重に春蘭の様子を眺める。
 例の件については“一旦忘れる”ことにしたはずだが、あまりに隙だらけで切り込まずにはいられなかった。

 この分ではその秘め事もまた弱みになりかねない。
 しかし、こうして彼女の手に負えていないところを見ると、敵方(てきがた)に嗅ぎつけられれば足をすくわれてしまうかもしれない。

 探りを入れたのは衝動的な行動ではなかった。状況が変わった、というのもまた確かなのである。
 茶会をつつがなく終えていればともかく、ああも人目に立っては、素性が割れるなり粗探しが始まっても不思議ではない。

 庇うにせよ切り捨てるにせよ、朔弦が事情を知り得なければ手の打ちようもなかった。

「あの者は誰だ?」

 以前にもなされた問いが繰り返される。
 散らばってまとまらない頭の中から、春蘭は懸命に言葉を探した。

 同じ返答で(かわ)すことはもうできない。
 こうして露見(ろけん)したように、嘘をついても切り抜けられる自信がなかった。
 とはいえ、本当のことを話すわけにも無論いかない。

(どうすれば────)

「なあ、何の話してんの?」

 突如として聞こえてきた声にはっとした。
 間仕切(まじき)りの枠に手をついた櫂秦が堂々とそこに立っている。開け放たれた窓から入り込んだのかもしれない。

「……櫂秦」

 思わずその名を呟くと、彼は「おう」と答えつつ卓子(たくし)の上に腰を下ろした。
 絶妙なときに現れてくれたものだ。

「おまえは何者だ?」

「ただの居候だけど」

 暢気なふうを装っているが、威圧するような視線である。朔弦は鋭く目を細めた。

「で、こそこそ何の話してたわけ?」

「おまえには関係ない」

「へぇ、もしかして俺がいたらできない話? 朔弦サマって案外汚い真似するんだなー。弱ってる奴につけ入ろうなんて」
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