桜花彩麗伝

第十二話


 指南役となった朔弦に教えを()うべく謝家別邸へ赴く道中、思わぬ邂逅(かいこう)を果たした。

「春蘭」

 呼ばれて振り向いた先にいたのは、なんと煌凌であった。
 桜の咲くあの丘以外で会ったということだけでなく、左羽林軍の兵服姿であることにも驚いてしまう。
 普段とかなり印象がちがって感じられるが、引き締まった格好をすればそれなりに立派に見えた。

「煌凌……。あなた、本当に羽林軍だったのね」

「な……当然であろう」

 実際には、事情を知った朔弦や莞永が協力してくれることになり、用意してくれた衣装を借りただけであったが、春蘭は知る(よし)もない。

「今日も視察なの? わたし、これから行かなきゃいけないところがあるのよね」

「分かっておる。わたしが護衛しよう。朔……謝将軍の許可は得ているゆえ、多少遅れても構わぬ」

「えっ?」

 朔弦がそんなふうに融通(ゆうづう)を利かせるとは思わず、春蘭はきょとんとしてしまうが、彼はいたって平然としている。
 隣に並ぶなりゆったりと歩き出した煌凌と歩幅を合わせた。

「あなたと話すのは、何だか久しぶりな感じがするわね」

「……そうだな。そなたが謝家別邸に通い詰めるばかりで、あの丘へ来なくなってしまったから」

 少し寂しげな横顔を見上げ、春蘭は目を(しばたた)かせる。

「何それ? もしかして、わたしに会いにきてたの?」

「うむ、それだけではないが。しかし、近頃はわたしもなかなか足を運べていなかったゆえおあいこだ」

「まあ……もともと約束してたわけでもないけどね」

 気にかけられていたことを意外に思いつつ苦笑した。
 一瞬の沈黙が落ちると、煌凌は窺うようにちらりと一瞥(いちべつ)する。

「そなたも、その……妃候補になると聞いた」

 心臓がどきりとした。
 その“どきり”の意味が分からないまま、春蘭は頷いて答える。

「ええ、そうよ。でも正直、不安なのよね。王さまがどんな方かも全然分かんないし」

 朔弦の評価を聞いてから、ますます不安が膨らむ一方である。
 嘆きにも似た言葉を聞き、当の王は少しそわそわしてしまった。

「……気になるか?」

「もちろん。あ、もしかして何か知ってたりするの?」

 含みを持たせたような口ぶりや彼が羽林軍の一員であることから、直感的に思い至った。
 期待を込めて尋ねると、果たして煌凌はこくりと頷く。

「うむ。わたしは宮殿を知り尽くしている上、陛下とも親しいからな」
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