桜花彩麗伝

 その疑問はもっともだろう。
 王が(まつりごと)に見向きもせず、容燕の傀儡(かいらい)となっているのは周知の事実なのだ。
 (おみ)に軽んじられ、民に笑い草にされ、それでも何もしない。

 この現状を(かんが)みれば、誰しもに見限られて当然と言えた。
 王たる資格などない。

「────(まつりごと)をしない、か」

 煌凌は小さく呟く。
 “できない”ではなく“しない”と春蘭は言った。……言ってくれた。

「そなたが妃になったとき、すべて話そう」

 突然の言葉に、春蘭は戸惑いながら煌凌を見上げる。

「え?」

「……と、陛下はおっしゃると思う!」

「?」

 危うく自分の装いを忘れていた煌凌は、慌てて取り繕った。
 春蘭はまたしても首を傾げるが、幸いにもそれだけに留まった。ひっそりと安堵する。

 ────その後も他愛ないやり取りをしながら謝家別邸を目指して歩くふたりの姿を、遠巻きに目眺めるふたつの人影があった。

「なあ。あの男は誰に見える?」

 羽林軍の格好をした男と、薄手の白い被衣(かつぎ)を羽織った令嬢。
 異色の取り合わせである彼らを見やり、航季に問われた黑影は端的に答える。

「……王では?」

「だよな、俺にもそう見える。目がおかしくなったんじゃなければ、王にはこうして変装してまで密かに会う娘がいるということになるな」

 信じ難いことではあるが、彼は見かけによらず健全かつ大胆なようだ。
 しかし、懸念すべきはそこではなかった。

 もしもふたりが心を通わせているのだとしたら、帆珠が王妃となったところで“お飾りの妃”にしかならないかもしれない。
 無事に妹が正妃に冊封(さくほう)されたとしても、あの娘を妾妃(しょうひ)に迎える可能性がある。
 考えたくはないが、たとえば彼女が、鳳家の娘だったら────。

「……黑影。あの娘を監視しておけ」



     ◇



 無事、謝家別邸へと着到(ちゃくとう)し、煌凌と別れた春蘭は通された客間で朔弦と向かい合っていた。

 その前に、着いて早々苦手な食べものを聞かれるという不可解な状況に置かれたが、理由を尋ねても教えてはくれなかった。
 首を傾げること続きだが、さておくほかないだろう。
 おもむろに朔弦が口を開く。

「後宮に入ったら側仕(そばづか)えの宮女を選ぶことになるが、目星はつけているか?」

「あ……はい。いまも小間使いとして世話をしてくれてる、芙蓉という子を女官にするつもりです」
< 245 / 306 >

この作品をシェア

pagetop