桜花彩麗伝
何ともぴったり即している。
贈る相手のことを思った春蘭は、思わず手を打ちたくなった。
『ありがとう、光祥。これにするわ』
再び往来を歩き出すと、光祥は興味深そうに春蘭を眺めた。
先ほど買った耳飾りの入っている小さな巾着を、大事そうに持っている。
『どなたに贈るのか、聞いてもいい?』
『えっと……』
その問いに、彼女は少しばかり答えることを躊躇った。
答えづらそうにしているのを察した光祥は、思いついたことを口にする。
『もしや、特別な人?』
『うーん。まあ……そうと言えばそうかも』
その曖昧な答えは、答えるのが億劫で適当に合わせたわけではなく実際に曖昧なようであった。
特別と言えば特別だが、どちらかと言えば特異な人だろうか、と春蘭は“彼”のことを思い浮かべる。
特別と評しても間違いではないし、大切であることには変わりないが、光祥の思う意味とはちがっているだろう。
『そっか。羨ましいな、きみみたいな子に特別に思ってもらえるなんて』
『言っとくけど、恋人とかじゃないわよ?』
『……なら、僕にも可能性があるのかな?』
光祥はにっこりと優しく春蘭に笑いかけた。
しかし、その瞳の奥にはしたたかで甘やかな情が見え隠れしている。
『そうね』
あっさりと頷いた春蘭に拍子抜けしてしまった。
彼女はいたって真面目な顔つきで続ける。
『あなたにもお礼をしなくちゃ。何がいい?』
一瞬、何を言われたのか分からず、きょとんとした。
何の脈絡もない────と思ったが、ふとひらめくと苦笑してしまう。
(“可能性”って……そういうことじゃないんだけどな)
光祥にも何か贈りものをしてくれる可能性。信じがたいことに、春蘭はそう解釈したらしかった。
素直で心優しく、聡明と見えるのに鈍感な彼女。
可憐なその存在にいつの間にか心を掴まれ、興味を惹かれている自分がいた。
『じゃあ、また会おう』
そんな彼の言葉を受け、春蘭は意外そうに小首を傾げる。
『……本当に、そんなことでいいの?』
『うん、それがいいんだ』
どこか嬉しそうな光祥を、春蘭は最後まで不思議そうに見つめていた。
────何の変哲もない一日の出来事であったはずが、いつしか振り返るたび鮮やかに色づくほど印象的な思い出になっていた。
単なる興味に過ぎなかった感情が、次第に形を変えていった。
彼女と会うたびに少しずつ、つぼみが開いていくように。
いつしか心に宿っていたこの気持ちを、知らないほど光祥は幼くない。