桜花彩麗伝

 不信感を滲ませる女官たちに背を向け、帆珠に小声で諌言(かんげん)する。
 さすがの彼女もその謹厳(きんげん)な様子を訝しんだのか、一蹴せず耳を傾けていた。

「呼ばれた意味?」

「そうです。妃選びを控え、太后さまがお嬢さまを直々(じきじき)にお呼びになったのです。それは、お嬢さまが“内定者”だからですよ」

 帆珠はわずかに瞠目(どうもく)した。
 “内定者”。すなわち、王妃として選ばれることが既に決まっているわけだ。

 当然といえば当然ではある。ほかならぬあの偉大な蕭容燕のひとり娘なのだ。
 王妃という座は自分のためにあって(しか)るべきものなのだから、選出されるのはもっともである。
 それをいま身に染みて実感した帆珠は、くす、と思わしげに笑った。

「……そうね。わたしは次期王妃よ」

 万人がひれ伏す様相がありありと思い浮かぶ。
 父にも劣らない権力が、もうすぐ我がものとなる。そんな事実に、笑わずにはいられなかった。

「お、お嬢さま……?」

「受けてやろうじゃないの。王太后のご機嫌取り」

 帆珠が王妃となった(あかつき)には、後宮までもが蕭家の手に落ちる。
 そのとき安泰でいるために、太后は帆珠に()り寄るほかないだろう。

 既に天下を取ったような気分になった帆珠は、上機嫌で太后のもとへと向かった。

 宮中へは同行が許されていない千洛は、門前でその後ろ姿を見送る。
 (いさ)めるつもりだったのだが、逆にその傍若無人ぶりに拍車(はくしゃ)をかけてしまい、不安気な面持ちのままひたすらに無事を祈った。



 太后は複雑な心境で帆珠の到着を待っていた。

 容燕に促された上、今後は嫌でも懇意(こんい)にしなければならないわけだが、気が進まないに決まっている。
 また、容燕とは今朝もひと悶着(もんちゃく)あったところで、尚さら気が立っていた。

 王に審査権を分与(ぶんよ)したことを咎めにきたのである。
 脅迫されたとはいえ、あの判断は容燕の不興(ふきょう)を買って当然だろう。
 そのことは太后も承知していたため、その怒りは理解できた。

『そう心配せずとも、わたしはそなたの娘を王妃に選ぶ。主上の意中など関係ない』

 審査権を分け与えようが、正妃というものは王の一存で決められるものではない。
 王が心に決めた相手がいたとしても、その者を排除する(すべ)などいくらでもある。

 憤る容燕を(なだ)めるべくそう言った。
 ()(わきま)えた太后の態度と言葉に、容燕はやっと怒りを鎮めたのである。

『これ以上は、くれぐれも余計な真似をなさらぬように』

 改めて刺された釘は、太后の喉元を圧迫した。
 与えられた役目を粛々(しゅくしゅく)と全うするほかない。
 帆珠との顔合わせも、妃選びに先んじてその顔を知っておくために必要なことであり、不承不承ながらやり過ごすのみである。

「太后さま。お客さまがお見えです」
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