桜花彩麗伝



 しばらくして戻ってきた清羽の表情は浮かないもので、やはりよくない話がされていたのだと察する。

「陛下、あの……」

「よい、聞かずとも分かる。余の悪口であろう? 名ばかり、操り人形、意気地なし……ほかにも何か言っていたか?」

 卑屈(ひくつ)になっているわけではないが、拗ねたくなった煌凌はそれ以上の(けな)しを覚悟して問うた。
 しかし、清羽は首を横に振る。

「ち、ちがいます! そうではなくて」

 いつもの泣きそうな表情を浮かべ、意を決したように告げる。

「妃選びには内定者がいるのだとか……。しかもそれが、侍中の娘御(むすめご)だと」

 煌凌の表情は変わらなかった。
 正直なところ、それは予想の範囲内であったからだ。
 容燕や太后が妃選びを持ちかけ、勝手に玉璽(ぎょくじ)を押した時点で、既に事実として危惧していたことである。

「いま、福寿殿で太后さまとお会いになっているそうです。行かれますか?」

「……いや、行かぬ」

 煌凌は即答した。
 てっきり、乗り込んでいくものだとばかり思っていた清羽はやや呆気(あっけ)に取られる。

「余が行って何が変わる? 行けばむしろ、その噂に信憑性を持たせることになるであろう」

 冷静な煌凌の言葉に清羽は驚いた。まさか、そこまで考えているとは思わなかった。

「内定者など余は認めぬ。……もう、容燕の思い通りにさせるつもりはない」

 容燕と太后が結託していようと、権力の亡者(もうじゃ)であるふたりが絶えず謀略(ぼうりゃく)を巡らせていようと、連中に屈する気など毛頭ない。
 そのためにまず審査権を勝ち取ったのだ。それを無駄にするわけにはいかない。

 やや圧倒されていた清羽だったが、煌凌の“変化”を噛み締めるように口を結ぶ。
 何もかもを諦めていた頃とは確実にちがうと、その目を見れば分かる。それが嬉しかった。

「では、こちらも噂を流しますか? 陛下は春蘭お嬢さまを正妃に迎えるおつもりだ、と」

 我ながらいい案だと思った。
 帆珠が内定者であるという噂を打ち消すには及ばずとも、中和させることくらいはできるだろう。
 しかし、煌凌はまたしても(いな)を示した。

「いや、ならぬ。それでは春蘭が危険だ」

「危険、ですか?」

「それでは鳳家と蕭家の対立がますます激化するだろう。向こうにとって邪魔な春蘭が狙われるやもしれぬ……」
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