桜花彩麗伝

 残された王は顔を歪め、固く拳を握り締める。

 絶望感につままれ視界が揺れた。目眩(めまい)を覚え、へたりと椅子に崩れ落ちる。

 頭の中がかき乱される。
 九年前の記憶が、砂を()いたようにざらつく。

 王であって王でない彼は、そこらに漂う空気と変わりなかった。
 とはいえ、ある意味それが本望だ。

(消えてしまいたい……)

 ────重々しい王の衣を着ていると、周囲は本心を隠し上辺を(つくろ)ってへつらう。

 あるいは権謀術数(けんぼうじゅっすう)を巡らせ、利用しようと目論む(やから)につけ込まれる。
 彼はまさしくその犠牲となっていた。

 誰ひとりとして信用できず、心労の絶えない日々は、彼をさらなる孤独へと追い詰めていく。
 鬱々としたため息をついた。

 誰も自分を必要としない。
 王でない自分は、無価値なのだろうか。

(……ちがう)

 そもそも、王であろうと無価値だ。

 誰も彼を見ない。
 九年前からずっとそうだった。

 何者かの目に映ったとしても、それは自分でなく“王”でしかない。

 心に空洞ができたように、急激に虚しさが込み上げてくる。
 座っているはずなのに足元がぐらぐらと揺れている気がした。彼を嘲笑うかのように。

 ……誰か。誰でもいい。
 いまにも倒れてしまいそうな自分を支えて欲しい。
 大きくなるばかりの孤独を、埋めて欲しい。

(誰か────)

 存在しない“誰か”に縋り、ありもしない温もりを求めてしまう。
 願っても叶ったことなどないのに。

 裂けるような心の痛みと息苦しさに喘ぎながら、目の前が暗くなっていくのを感じた。

「陛下……」

 殿内へ戻ってきた清羽は泣きそうな顔で呼ぶものの、その先に続ける言葉を見つけられず口を噤んだ。

 長年そばで仕えているが、彼の役に立ったことが一度でもあるだろうか。
 あまりの不甲斐なさに唇を噛み締めた。
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