桜花彩麗伝
◇
「お嬢さま、今日は装飾品を見にいきましょう!」
「装飾品?」
「似合いそうなものをわたしが選んでさしあげます。いえ、選ばせてください!」
揺れる軒車の中、とん、と胸に手を当て得意気に芙蓉は言った。
くす、と春蘭は思わず笑う。
「そのために市へ誘ったのね」
「ついでに新しい衣も仕立てにいきましょう、春ですし! あ、お部屋に飾るお花も替えたいですね。それから────」
次から次へと希望を挙げる芙蓉にまたしても笑みがこぼれたとき、がたん、と大きく軒車が傾いた。
衝撃を及ぼしながら前進を止めた馬が、足元に砂埃を舞わせる。
困惑して顔を見合わせた。
馭者を担う紫苑はそんな荒い手綱さばきをする者ではない。
きぃ、と一拍置いて慌てたように扉が開かれる。
軒車に施された玉の吊るし飾りや帷帳を上げ、紫苑が顔を覗かせた。申し訳なさそうに眉を下げている。
「すみません、お嬢さま。芙蓉も……。お怪我は?」
「ううん、わたしたちは大丈夫よ。何かあったの?」
「それが……ちょっと問題がありまして」
そう言うと脇に避け、軒車の進路を示した。
路傍の一角に人だかりができており、通りが塞がれてしまっている。
「あれは薬房では?」
芙蓉が言う。確かにその通り、民たちは薬房に詰めかけているようだった。
「何の騒ぎかしら」
「物騒じゃないですか……? 何だか怖いです」
不安気に眉を寄せた芙蓉は春蘭に身を寄せる。
そう恐れるのも理解できるほど、わらわらと集う民たちの様子は尋常ではなかった。
中には農具を持ち出している者までおり、時折響く怒声もあって、辺りはいつになく騒然としている。
「どうなってるんだ!」
「うちの女房が病気で……薬がなきゃ死んじまう!」
「うちの子だってそうよ! 今すぐにでも薬を煎じて飲ませなきゃいけないのに」
民は口々にそう訴えていた。
大人たちの殺気立った気迫に怯んだ幼い子どもは、声を上げて泣き出す。
それがさらに混乱を助長させ、場の収拾がつかなくなっていた────。
困り果てた薬房の店主は苦い表情を浮かべる。
「そう言われましてもなぁ……。気持ちは分かるが、薬が入ってこんのですよ」
「お嬢さま、今日は装飾品を見にいきましょう!」
「装飾品?」
「似合いそうなものをわたしが選んでさしあげます。いえ、選ばせてください!」
揺れる軒車の中、とん、と胸に手を当て得意気に芙蓉は言った。
くす、と春蘭は思わず笑う。
「そのために市へ誘ったのね」
「ついでに新しい衣も仕立てにいきましょう、春ですし! あ、お部屋に飾るお花も替えたいですね。それから────」
次から次へと希望を挙げる芙蓉にまたしても笑みがこぼれたとき、がたん、と大きく軒車が傾いた。
衝撃を及ぼしながら前進を止めた馬が、足元に砂埃を舞わせる。
困惑して顔を見合わせた。
馭者を担う紫苑はそんな荒い手綱さばきをする者ではない。
きぃ、と一拍置いて慌てたように扉が開かれる。
軒車に施された玉の吊るし飾りや帷帳を上げ、紫苑が顔を覗かせた。申し訳なさそうに眉を下げている。
「すみません、お嬢さま。芙蓉も……。お怪我は?」
「ううん、わたしたちは大丈夫よ。何かあったの?」
「それが……ちょっと問題がありまして」
そう言うと脇に避け、軒車の進路を示した。
路傍の一角に人だかりができており、通りが塞がれてしまっている。
「あれは薬房では?」
芙蓉が言う。確かにその通り、民たちは薬房に詰めかけているようだった。
「何の騒ぎかしら」
「物騒じゃないですか……? 何だか怖いです」
不安気に眉を寄せた芙蓉は春蘭に身を寄せる。
そう恐れるのも理解できるほど、わらわらと集う民たちの様子は尋常ではなかった。
中には農具を持ち出している者までおり、時折響く怒声もあって、辺りはいつになく騒然としている。
「どうなってるんだ!」
「うちの女房が病気で……薬がなきゃ死んじまう!」
「うちの子だってそうよ! 今すぐにでも薬を煎じて飲ませなきゃいけないのに」
民は口々にそう訴えていた。
大人たちの殺気立った気迫に怯んだ幼い子どもは、声を上げて泣き出す。
それがさらに混乱を助長させ、場の収拾がつかなくなっていた────。
困り果てた薬房の店主は苦い表情を浮かべる。
「そう言われましてもなぁ……。気持ちは分かるが、薬が入ってこんのですよ」