桜花彩麗伝
第三章 戦いの序曲

第十三話


 ────ふた月の時が流れ、季節は瑞々(みずみず)しい新緑のそよぐ初夏へと移っていた。

 いよいよ妃選びの第一次審査の日を迎え、春蘭は芙蓉の手を借りながら身支度を整える。
 生成(きなり)撫子(なでしこ)色の上質な衣装は、袖や襟に花の透かし模様があしらわれていた。
 可憐に飾り立てられた春蘭を眺め、芙蓉は頬を綻ばせる。

「わぁ……お綺麗です、お嬢さま」

「そ、そう? それならよかった」

 そわそわと落ち着かないまま庭院(ていいん)へ下りると、そこには元明と紫苑、櫂秦が待っていた。
 悠々と歩み寄ってきた父に恭謹(きょうきん)な態度で礼を尽くすと、そっと手を取られる。

「春蘭。わたしたちはどんなときでもきみの味方だ。いつでも帰ってきなさい」

 この先に待ち受けているであろう波乱の気配を察しつつ、それでもその渦中(かちゅう)に娘を送り出さなければならない。
 穏やかながらも厳然たるもの言いは、鳳家当主に相応しいものであった。

「気負いすぎんなよ。ほどほどに頑張ろうぜ」

 櫂秦の言葉に肩から力を抜き、春蘭はそれぞれに微笑み返す。
 しばらく彼らの元を離れることになるが、孤独ではないと実感する。なんと心強いことだろう。

「……ありがとう。行ってきます」

 紫苑の開けてくれた門を潜ると、屋敷の前には一台の軒車が停まっていた。
 その傍らで待つ朔弦に一礼すると、春蘭は段を上がって中へ乗り込む。凜と背筋を伸ばした。

 それを見届け、彼は青毛の馬に跨る。
 真剣な紫苑の眼差しに気がつくと、無言で頷き返した。

「行こう」

 そう促すと馭者(ぎょしゃ)が手綱を握り、軒車が緩やかに進み出す。
 護衛を兼ねる朔弦は馬を駆りながら並進した。



 軒車が見えなくなるまで立ち尽くしていた紫苑は、やがて庭院へ戻ると門を閉じた。
 元明は深く息をつき、しんみりと母屋へ戻っていく。
 その背を眺めた櫂秦は、やや眉を下げながら腰に手を当てた。

「……父親としては複雑な心境って感じか。娘を嫁がせるわけだから」

 審査に進めること自体は、家門にとっては光栄だろう。
 しかし、それだけでは割り切れないのがこの妃選びという一大事である。

「気持ちの問題だけではない」

「ん?」

「……候補者たちはこれから(ふるい)にかけられる。少しでも有利に進めようと、色々画策(かくさく)する(やから)もいるだろう。だから、審査が進むほど道は険しくなる」
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