桜花彩麗伝

 容姿や体型、教養に優れた令嬢が有利であることにはちがいないが、有力な家柄の娘は本来、正妃に選ばれにくいものである。
 王妃となったとき、その一族が王の外戚(がいせき)として(まつりごと)に干渉することが警戒されるためだ。
 つまり“そこそこの家門の娘”が理想的とされるわけである。

 しかし、今回は事情が異なっていた。
 王の権威を立て直すにあたり、蕭家に対抗できる家柄が求められているのだ。

 しかし、後宮の(おさ)である太后はそれを阻むべく蕭家贔屓(びいき)にあたるため、こたびの妃選びは特に大きく荒れることが予想されていた。
 春蘭は命を狙われてもおかしくないわけである。

「お嬢さまが王妃に選ばれたとしても、きっと蕭家の娘に常につけ狙われることになる。選ばれなかったら、生涯独り身か、側室に迎えられるかといったところだが……」

「その場合、王妃になるのは蕭家の娘ってわけだな。春蘭が側室になれば、そいつは王妃の権限で春蘭をいびり放題ってわけか」

 選ばれようが、選ばれまいが、待ち受けているのは(いばら)の道である。
 元明の憂慮(ゆうりょ)はそこにも及んでいるのだろう。

「最終審査まで残らなきゃ楽だけどな。……ただ、それだと何も果たせねぇ」

 蕭家への制裁も王権の立て直しも、志す何もかもを諦めることとなる。
 春蘭はそれだけのものを背負っているのだ。

 帆珠を推す太后に対し、春蘭を推す国王。
 これは、蕭家と鳳家の戦いでもある。
 王妃に選ばれるとすれば、いずれかの娘が妥当であることは周知の事実だろう。

 ────数拍分の沈黙が落ち、櫂秦は改めて紫苑を見やる。
 端正な顔に浮かぶ表情はどことなく暗い。

「……ひとことも話さなかったな。よかったのか?」

 初戦に臨む春蘭に、彼は言葉をかけなかった。
 彼女の姿がその瞳に映っていたのかどうかさえ定かではない。

「もしかして、拗ねてるとか? 宮殿についていけねぇから」

 小首を傾げ、からかうように言った。
 ただの執事兼用心棒に過ぎない紫苑には、主に随行(ずいこう)して宮殿へ入る資格がなかった。

「それとも心配でたまらねぇか?」

「……朔弦さまがついているから、きっと平気だ」

 道中、春蘭の護衛は彼が担ってくれる。蕭家も太后も易々と手は出せないだろう。
 無論、心配なのは“その先”なのだが。
< 274 / 306 >

この作品をシェア

pagetop