桜花彩麗伝

 仕入れようにもどこもかしこも品がないのだ。
 商団に直接かけ合っても、門前払いで取り合って貰えなかった。

 また、自ら山中へ入ってみてもなぜかまったくと言っていいほど薬草がない。
 それについては大方、同じことを考えた誰かが先に採り尽くしてしまったのだろう、と踏んでいるが。

 また、薬材がなく騒動が起きているのはこの薬房に限ったことではなく、さらには医員(いいん)たちも同じことを嘆いていた。

 必要な薬は手元から尽き、新たに入手することも困難な現状。
 何度患者に泣きつかれ、何度救えたはずの患者を看取っただろうか。

 そのたびに医者たちは己の無力さに打ちひしがれたが、元はと言えば薬がないのが悪いのである。

 みながそう考えた結果、薬材を売る薬房の店主に責任転嫁(てんか)され、どこの薬房にも同じような人だかりができていた。

「畜生……。何でこんなにも薬が足りねぇんだ!」

「何でも薬草やなんかを育ててる一帯が獣に荒らされたらしいが……」

 そのため薬の生産量が著しく低下し、薬材不足が深刻化したのである。

 妙なのは、どこの畑や菜園も同じように荒らされたということだ。
 まるで何者かが狙ったように、同じ時期に同じように被害に遭った。

 民たちの不平不満は止まない。

 口々に文句を垂れるに留まっていたのだが、ついに堪忍袋(かんにんぶくろ)の緒が切れたのか、やがて数人が空の薬材入れを引っくり返し始めた。

 農具を持った者は、勢いよく振り上げたそれで薬房の看板を破壊した。

 あちこちで悲鳴が上がる。
 泣き声が増長する。
 場はますます、混迷(こんめい)を極めていく────。

「…………」

 軒車から降りた春蘭はものものしい状況を目の当たりにした。
 口々に喚き、怒りや不満に満ちた表情で暴徒化した民たちを呆然と眺める。

「お嬢さま、危ないですから中へお戻りに……」

「……だめ」

 紫苑の制止を振り切って、ふらりと嵐の方へ向かいかけた春蘭だったが、ほどなくして足を止める羽目になった。

 さっと視界を人影が横切ったのだ。
 紙束を抱えた役人たちだった。
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