桜花彩麗伝

「蕭家……?」

 女官たちはつられるように帆珠を見やる。
 だらけた様子で椅子に腰を下ろし、気怠そうに足まで組んでいる。
 ほかの令嬢と談笑しながら、人目を(はばか)らず大口を開けて笑っていた。

 女官たちの顔に困惑の色が滲む。
 まるで品性を感じられないが、本当にあのような娘が王妃内定者だというのだろうか。
 確かに“蕭家”という家柄は十分であるが────。

 ぬっ、と不意にその場が(かげ)った。

「余計な口を叩かない。自分の仕事に集中しなさい」

 先ほど候補者を連れ出ていった女官である。
 戻ってくるなり叱られた彼女たちは、その厳しい形相と口調にさっと青ざめる。

「も、申し訳ありません! 宮官(きゅうかん)さま」

 後宮の主要な部署は六尚(ろくしょう)と呼ばれており、尚宮(しょうきゅう)局、尚儀(しょうぎ)局、尚服(しょうふく)局、尚食(しょうしょく)局、尚寝(しょうしん)局、尚功(しょうこう)局がそれにあたる。
 その六尚を統括している殿中省(でんちゅうしょう)の長が宮官であり、その地位には筆頭の優秀な女官が就くのが通例であった。
 現宮官は冷静沈着で器量がよく、まさしく筆頭女官たるに相応しい人物である。

 評価係の女官たちが申し訳なさそうに頭を下げると、宮官は再び候補者たちの方へ戻っていった。

「では、次の五名────」

 先ほどと同様に、五人の令嬢が淑徳殿を出ていく。
 その流れを五度繰り返すと、人数の減った殿内は自ずと静寂に包まれた。
 残るは春蘭、芳雪、帆珠のほかにふたりの令嬢である。

 話し相手のいなくなった帆珠は退屈そうにあくびをし、ふと思い立ったかのように席を立った。
 つかつかと春蘭の方へ歩み寄り、正面で足を止めると腕を組んで見下ろす。

「随分と頑張ってるみたいね。意味ないのに」

 美しい姿勢と心持ちを保ち続けるのにはかなりの気力を要するものだが、春蘭は一瞬たりともそれを崩さない。
 その澄ました態度が気に入らなかった。

「身の程を(わきま)えれば? ここにはあんたを守ってくれる者なんて誰もいないわよ」

 吐き捨てるような口調で言われても、春蘭は言を返すどころか眉ひとつ動かさない。それがさらに帆珠の気に(さわ)る。

 ────ふと、茶会のことを思い出した。
 あのとき彼女の持参した手土産は、葵州の名物である露のように美しい水饅頭であった。
 葵州のものが食べたい、という帆珠の意を知ってか知らずかあまりに即した採択(さいたく)で、だからこそ憎らしく腹立たしかった。

 かっと頭に血が上り、思わずその胸ぐらを掴んだ。

「……っ」

 春蘭もさすがに動揺し、驚いたように帆珠を見上げる。
 柱の影にいた女官たちはそれぞれ息をのみ、両手で口元を覆った。思わぬ展開に狼狽える。
 どうすればよいのか分からず、顔を見合わせるも動けない。
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