桜花彩麗伝



 ────殿の扉を少しだけ開け、外からこっそり様子を窺っていた清羽は、女官たち以上に混乱しながら全力疾走で王のもとへ飛んでいった。

「陛下! 陛下、大変です!」

 煌凌は泰明殿の外にいた。
 王も太后も一次審査には関与せず、巫女のみで行うため、この場で待機していたところである。
 中にいては太后に睨まれ、小言を言われて息が詰まるためにこうして外へ出ていたのだった。

 審査の行方を案じながらうろうろと行ったり来たりしていた煌凌は、清羽のもとへと駆け寄る。

「早いな。もう結果が出たのか?」

 その問いに慌てて首を左右に振った。
 息を整える間もなく、必死で状況を説明する。

「ち、ちが……。淑徳殿で揉めごとが! 春蘭お嬢さまが……!」

 これでもかと言うほど要領を得ない話しぶりであったが、煌凌はその名を聞いた途端に血相を変える。
 頭で考えるより先に身体が動き、気づけば駆け出していた。



     ◇



「まだ分からないの?」

 帆珠は襟元を掴む力を強める。
 上から吊られているような形になり、春蘭は苦しさから顔を歪めた。

 芳雪が立ち上がって「帆珠」と(たしな)めるように名を呼ぶが、彼女の耳には届いていないらしい。
 ふたりの令嬢はそれぞれ怯えながら、戸惑ったように視線を交わした。

「何とか言いなさいよ。貧乏令嬢のくせに高貴なふりして……そういうのが鼻につくのよ」

「帆珠。この子は────」

「春蘭!」

 芳雪がたまらず春蘭の身元を明かそうとしたその瞬間、淑徳殿の扉が勢いよく開かれた。
 誰かが飛び込んでくると、帆珠は反射的に襟元を離す。
 その場にいた誰もが驚いたように“彼”を見やった。

「こ、煌凌……!?」

 息を切らせながら心配そうに眉を下げ、焦ったような表情を浮かべる彼は、間違いなく煌凌である。
 なぜ、こんなところにいるのだろう。
 尋ねかけたそのとき、芳雪が(こうべ)を垂れる。

「王さま」

 その身なりから即座に判断して畏まると、ふたりの令嬢と帆珠も混乱しながら追随(ついずい)した。
 状況を飲み込めない春蘭は、ただただ困惑したように彼を見つめることしかできない。

(王、さま……?)

 芳雪は確かに煌凌をそう呼んだ。彼から否定の言葉が出てくる気配も一向にない。
 春蘭は瞠目(どうもく)したままその姿を眺める。まとっているのは龍袍(りゅうほう)だ。
 この国でただひとり、王のみが身につけることを許されている衣である。

「大事ないか?」

 心配が高じるあまり、春蘭の両肩に手を置いた。
 見たところ頬に痕などはなく、打たれたりはしていないようで安堵する。

 王の行動に、帆珠も令嬢たちも驚愕した。芳雪もさすがに瞳を揺らす。

「何ごとですか!」
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