桜花彩麗伝

 春蘭が答える前に、開け放たれた扉の方から怒鳴るような金切り声が聞こえてきた。
 激怒した太后の登場である。

「……主上、どういうつもりです。その手をお離しなさい!」

 低めた声で咎めながら歩み寄ってくる。
 王と春蘭を順に睨みつけ、春蘭に食ってかかった。

「そなた、正気か? 厳正なる妃選びにおいて王を誘惑するとは……。王室を愚弄(ぐろう)しているのか!」

「おやめに。この者は……むしろ被害者です」

 咄嗟に背に庇い、煌凌は毅然(きぜん)として立ち向かった。
 春蘭は呆然とその背中を見つめる。

「被害者ですと?」

「左様です。何があったのかは、この場にいたみなが見ていたはずだ」

 王は令嬢たちに向けて言った。
 清羽からは“揉めごと”としか聞いていなかったが、恐らく春蘭は巻き込まれ、渦中に放り込まれただけだろう。

 気まずそうな表情で唇を噛むひとりの令嬢を認め、事情を察した。

「……そなたが仕掛けたのだな」

 王が確かめるように尋ねた相手が帆珠であると気づいた太后は、彼女が何か言う前に阻むべく口を挟む。

「……もうよろしい。この件はこれ以上追及せぬ。みな忘れなさい」

 元凶が帆珠であると判明した途端、先ほどまでの態度を覆した。
 話は終わりだと言わんばかりにさっさと(きびす)を返し、淑徳殿を出ていこうとする。

 蕭家が問題を起こしたとなれば大きな痛手であるために当然と言えば当然の対応だが、煌凌は納得がいかない。

「お待ちください。不問(ふもん)()せば、あとから────」

 反論しかけたところを制するように、春蘭は思わずその背に触れた。
 振り返った彼に、ふるふると首を振って見せる。

 ────不問に付してくれるのであれば、むしろそれに越したことはない。

 春蘭に非がないとしても、関わったという事実だけで太后にとっては鳳家を非難する口実となる。
 この場に煌凌が来てくれなければ、帆珠を擁護する太后は適当な難癖(なんくせ)をつけ、春蘭を失格にしていたはずだ。

「……分かった」

 唇を引き結び、微かに頷いて見せる。
 彼女の意を汲み、大人しく淑徳殿をあとにした。
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