桜花彩麗伝

 扉が閉まった瞬間、静まり返っていた室内にざわめきが広がる。
 春蘭は襟元を整えながら席へと戻った。

「どうなってるの? 王さまとお知り合いみたいだったわ……」

「かなり親しそうだったわよね」

 平静を保とうとしても、そんな令嬢や女官たちの話し声が耳につき、先ほど知った事実の衝撃が尾を引く。

(煌凌は……王さまだったの?)

 にわかに信じがたいが、そうと分かれば色々と合点がいく。
 これまでの不審な点はほとんどそれで説明がついた。

 どうしよう、と肝が冷える。
 そうとは知らなかったとはいえ、彼には遠慮のない態度を取ってしまっていたかもしれない。
 しかし、あれほど真剣に案じてくれているとは────。
 そこまで考え、はっと思いついた。

『あるお方から聞いた。春蘭殿の後宮入りに手を貸すんだろ』

 悠景の言っていたその“ある方”とは、王のことではないだろうか。
 彼が突如として協力を申し出てくれたのも、朔弦が細かく報告していたのも、それならば納得である。

「……ちょっと。何なの、あんた」

 動揺が拭えないまま、帆珠は春蘭に問うた。

「どうして王さまと顔見知りなのよ。しかもあんな態度……」

 春蘭に対する優しげな眼差しと、自分に向けられた厳しい視線のちがいは、帆珠の高い矜恃(きょうじ)と自尊心を傷つけた。

 おかしい。自分は天下の蕭帆珠で、相手はどこの馬の骨とも知れない貧乏令嬢なのに。
 そんな帆珠の心の内を読んだ芳雪が、今度こそ告げる。

「帆珠。彼女は鳳家の令嬢、春蘭よ。貧乏令嬢なんかじゃないわ」

 それを受けた帆珠は瞠目(どうもく)し、息をのんだ。
 ……道理で、憎たらしかったわけだ。嘲笑するように息をついた。

「だから何? 平伏せっていうの?」

「帆珠」

「……もういいわ、芳雪。ありがとう」

 なおも()りずに悪態をつく彼女を咎めるように芳雪が呼ぶも、微塵(みじん)も悪びれてはいなかった。
 芳雪は心配そうに春蘭を見やる。
 散々虚仮(こけ)にされたと言うのに微笑んでいた。
 そんな顔をされては、代わりに怒ることもできない。芳雪は口を噤んだ。

「みなさま、お待たせいたしました」

 見計らったように扉が開き、宮官が戻ってくる。
 ここであった揉めごとを知ってか知らずか、涼しい顔で淡々と五人の前に立った。
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