桜花彩麗伝
「嫌な予感がするわね……。わたしの使う?」
「いいの?」
「裏返せば平気よね。ちょっと待ってて」
芳雪はもう一度手拭いを浸すと丁寧に絞り、反対の面を向けて春蘭に渡す。
────何とか事なきを得て彼女に礼を告げると、女官たちが盥を回収していく様を、慎重に目で追った。
ほとんどの女官が速やかに下がっていく中、帆珠のもとへ寄った女官は何やら彼女と話し込んでいた。
「みなさま、お済みですね。では、これよりご案内いたします」
宮官が殿内へ戻ってくると、その女官も一礼を残して大人しく扉から出ていく。
(何を話してたのかしら……?)
ことごとく怪しく、警戒を深める。
もしや盥の水が妙なのは、帆珠の仕業なのだろうか。
再び宮官に連れられ、候補者たちは列を成して宮中を歩いた。
その道中、からんと音がしたかと思うと、春蘭の目の前に光る何かが転がり落ちてくる。
「!」
前を歩く帆珠のものであろう。
彼女は先ほどの王の登場に内心かなり怯んでいるらしく、あれ以降はしばらく大人しくなっていた。
春蘭は屈んでそれを拾い上げる。
銀でできた髪飾りで、花に蝶が留まっているような見た目の美しい造りである。
「は────」
帆珠、と呼びかけようとして思わず言葉を切る。
……果たして彼女は、こんな髪飾りをつけていただろうか。
上品で綺麗な代物であるが、控えめで雅やかな印象が強く、恐らく帆珠の趣味ではない。
そして今日は、もっと派手な飾りをつけていたはずだ。
しかし、間違いなく落とし主は帆珠である。その瞬間を確かに見た。
“よく見ておけ”という、朔弦の言葉が脳裏に響く。
「……!」
はっと唐突に閃いた。
────そういうことか。
髪飾りを強く握り締めた春蘭は、宮官と候補者たちのあとを追った。
五人が通されたのは、禁苑にある大きな東屋であった。
そよ風が吹き抜け、梁から垂れる紗が揺れる。
脇には椅子が並べられ、既に審査を終えたらしいほかの候補者たちが待機していた。
最奥に巫女が三人座っており、真ん中の巫女の前には御簾が下ろされていた。
恐らくあの向こうにいるのが国巫であろう。