桜花彩麗伝

 その言葉に一番驚いたのは春蘭であった。
 あくまで太后側の思惑を利用したに過ぎず、ふたりの巫女の見立てはでたらめであると思っていた。
 しかし、国巫までもが春蘭を王妃の相であると判断するとは────。

 太后に取り込まれたわけでも、髪飾りに惑わされたわけでもないであろうに、いったいどういうことだろう。
 まさか、本当に自分は王妃の相をしているとでも言うのだろうか。

 宮官は令嬢たちに向き直ると、感情のない声で告げる。

「承知しました。……それでは、これにて第一次審査を終了いたします。結果は後日公表しますのでお待ちください。これより、みなさまを瑛花宮(えいかきゅう)へご案内します」

 瑛花宮は離宮のひとつであり、こたびの妃選びでは候補者たちの宿舎として使われる。
 宮外にあるため、再び軒車に乗って移動することとなる。

「瑛花宮内は審査対象ではありませんが、身の回りの世話をする女官を配置しますのでご了承ください。また、みなさまは瑛花宮からの外出を認められていませんが、巳の刻(午前十時頃)から戌の刻(午後八時頃)までの間は面会自由となります」

 誰かに会いたければ、呼びつけるか相手の訪問を待つしかないというわけである。
 ────かくして、候補者たちはそれぞれ軒車に乗り、列を成して瑛花宮へと()った。



 瑛花宮は、離宮とはいえかなり大きな規模を誇る建物であった。
 綺麗に手入れが行き届き、色彩豊かな花々の植えられた前庭(ぜんてい)には小さな東屋もある。

 (くじ)によって二人一組で同室者が決定され、春蘭は幸いなことに芳雪と相部屋になった。
 丸窓から入る光が明るく、置かれている調度品も上品で雰囲気のよいものである。
 案内してくれた女官が下がると、ようやく気を抜くことができた。

「…………」

 芳雪は、長椅子に腰かけ天井を仰ぐ春蘭を見つめた。

 弱音を吐いたりため息をついたり、そんな素振りは一切ないものの、気張っていたためにその疲労感は凄まじいことだろう。

 帆珠から執拗(しつよう)に喧嘩を売られていたことを思えば少しは怒ってもいいはずなのに、かくも平然としていられると畏怖(いふ)の念すら覚える。

「……そういえば、凄いわね。王妃の相って」

 芳雪は寝台(しんだい)に腰を下ろし、穏やかな口調で語りかけた。

「そんなこと。人相なんて、本当にあてになるのか」

 姿勢を戻した春蘭は苦笑する。

「でも、結構当たってたように感じたわ。鳳家の気高いお姫さまなのに気取ったところがなくて、明るくて優しくて、自然と周りに人が集まってくる……ってまさにそうだもの」

「そ、そうかしら? そうだったら嬉しいけど……」

 面と向かって褒められたようで、何だか照れくさくなる。
 くすぐったい気持ちで春蘭は笑った。

 それから、巫女たちが芳雪に放った言葉を思い出す。

『それゆえにご自身の望みは叶わぬ運命です。しがらみに囚われ、損をなさりますが、大きなものを得られる可能性をお持ちです』

『それは不本意なものでしょうが、望むと望まざるとに関わりません。いずれ決断のときが来るでしょう』

 春蘭は口を開く。

「……あなたが得る“大きなもの”って何かしら?」
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