桜花彩麗伝

「さあ? 見当もつかないわ。ていうか、そんなものいらない」

 はっきりとそう言ってのけた芳雪を見れば、屈託のない笑顔を浮かべていた。

「……わたしはね、大きなものも高いものも欲しくない。特別待遇も嫌だし、本当は王妃なんて願い下げ。ただ、失いたくない大切なものが、この手におさまってればそれで十分なの。特別じゃなくていい。価値はわたしが決める」

 ────巫女はしかし、芳雪の望みは叶わないと言っていた。
 彼女のささやかな願いは叶わない、と。

 春蘭が眉を下げたのを見て、芳雪はいっそう明るく笑った。

「……わたしのは当たってなかったわね。望みが叶わないとか、そんなのは運命に左右されることじゃない。自分次第でどうにでも変えられるわ」

 前向きな彼女につられるように、春蘭も小さく笑みをたたえた。本当に見習うべき心構えだ。
 芳雪であれば、有言実行してみせるのだろうと思わせられる。しかし。

『いずれ決断のときが来るでしょう』

 巫女のその言葉が引っかかっていた。

 きっと、それは芳雪にとっての運命の選択────簡単には切り離せないしがらみが邪魔をし、大切なものも小さな願いも打ち砕くほどに残酷な。
 その結果得られる“大きなもの”は、彼女にとって価値があるのだろうか。
 春蘭は何となく、胸の内を冷たい風に撫でられたような感覚を覚えた。



     ◇



「あまりに軽率です」

 朔弦の厳しい言葉が、煌凌の胸にぐさりと突き刺さる。

 温度の低い炎を揺らめかせるように静かな怒りを滲ませる彼の隣で、悠景が可笑しそうに笑ってくれているのがせめてもの救いだった。

 ────第一次審査が終わり、候補者たちが宮殿を出ると、王と太后も泰明殿をあとにそれぞれ居所(きょしょ)へと戻ってきていた。

 煌凌が陽龍殿へ着くなり、悠景らが(おとな)ってきたのだが、朔弦が取り立てて何を責めているのかはすぐに分かった。
 ほかの令嬢と揉めた春蘭を助けに、淑徳殿へ乗り込んだことである。

「すまぬ……」

「陛下の軽はずみな行動により、迷惑を(こうむ)るのは春蘭なのです。自重してください。もしそれで守っているおつもりなら、やり方を間違えています」
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