桜花彩麗伝
続けて朔弦が問いかける。
『あの者が、お好きなのですか』
以前そう尋ねたとき、彼は首を横に振った。
蕭家に立ち向かうためには春蘭が必要で────しかし、そんな思惑の上に成り立つ婚姻が、やはり嫌になったのかと思った。
ほかに想い人がいるというのであれば、尚さら妥協することは苦しいだろう。
「あ、うむ。いや……」
肯定とも否定とも言えない曖昧な返事が返ってきた。
しばらく黙ったあと、はっと煌凌は以前交わした会話を思い出す。
『恋情はないのですね?』
春蘭に対する気持ちを尋ねられ、煌凌は頷いた。
それを見た彼は言ったのだ。
『そうですか。……安心しました』
その意味はみなまで言わずとも分かる。言葉にするのも野暮なほど。
煌凌は慌てたように朔弦に向き直った。
「ち、ちがうのだ。決して春蘭が嫌いとかではない。だからどうか怒らないでくれ。こんな中途半端な覚悟で春蘭をもらい受ける余を許して欲しい。朔弦、そなたの気持ちを踏みにじるつもりはないのだ!」
早口で捲し立てられ、悠景も朔弦も気が抜けたようにほうけてしまった。
やたらと言い訳がましいが、そもそも朔弦の気持ちとは何のことだ。
悠景が訝しむように彼を見るが、当の本人にも心当たりはない。
「……おっしゃっている意味が分かりませんが」
「えっ」
至極真面目な顔で切り返され、素っ頓狂な声が出た。
てっきり朔弦は春蘭のことが好きなのであるとばかり思っていたために、何となく気まずい思いをしていたのだが、どうやら盛大な勘違いだったようだ。
そんな一連の事情を察した悠景は豪快に笑った。それはもう可笑しそうに。
「朔弦と春蘭殿はあくまで師弟関係ですよ、陛下」
「……的外れにもほどがある」
ぽつりと朔弦も呟いた。
呆れたような声色に、がーんと衝撃を受けてしまう。
「……では、わたしは失礼します」
そんな王に構わず一礼し、朔弦は踵を返した。
それを見た悠景もあとに続く。
「俺も、今日はこれにて下がります」
下がっていく彼らの背を見送った煌凌は、淑徳殿で春蘭と対面したときのことを思い出した。
“王さま”と呼ばれる自分を見て、ひどく戸惑っているようであった。
結局、何の説明も言い訳もできていないが、またこのまましばらく会えない日が続く。
彼女はどう思っただろう。
“嘘つき”と失望されていないことをひたすら願うしかない。
煌凌は、卓上で揺れる蝋燭の小さな炎を何気なく見つめた。
「……凄いな、春蘭は」