桜花彩麗伝

 改めて一次審査の結果を思い、感慨深そうに呟いた。

 不正も八百長(やおちょう)も何でもありの負け試合をひっくり返してしまうとは。
 いったいどのようにして出し抜いたのだろうか。
 そもそも勝てる見込みの薄い戦いと分かっていながら、どうしてそう強くあれるのだろう。
 何ごとにも果敢(かかん)に挑む気概に胸を打たれる。

 春蘭とであれば、本当に蕭家を退けられるかもしれない。
 そんな淡い期待は、いつしか確信へと変わりつつあった。

「清羽」

「はい、陛下」

 名を呼ばれ、一歩前へと歩み出る。

「今後も春蘭を見守れ。何かあればすぐ余に報告を」

「承知しました」

「それから、瑛花宮に護衛を配するのだ。春蘭の身に危険が及ばぬよう、命に替えても守れ」

「はい、そのように────」



     ◇



 第一次審査から一日が経った。

 令嬢たちは瑛花宮でそれぞれ思い思いの過ごし方をしていた。
 部屋で刺繍をしたり、庭院(ていいん)を散策したり、訪問してきた家族や友人と談笑したり、かなりの自由が許されている。

 春蘭はひとり、東屋にいた。
 丸椅子に腰かけ、部屋から持ってきた書を円卓の上に置く。

「春蘭殿、調子はどうだ?」

 唐突に降ってきた声に顔を上げれば、悠景が立っていた。
 その少し後ろには朔弦の姿もある。

「謝大将軍に……朔弦さま」

 思わず立ち上がった。不思議と安心感が込み上げ、気持ちがほぐれていく。

「話は聞いたぞ。一次の結果は春蘭殿が一番だな」

「朔弦さまのお陰です」

 それぞれ椅子に腰を下ろすと、春蘭は朔弦に向き直る。
 あの助言がなければ、何にも気づくことなくあっけなくしてやられたことだろう。

「……よくやった」

 彼からの素直な賛称(さんしょう)に、つい瞠目(どうもく)した。
 名を呼んでくれたこともそうだが、これまでの冷たく厳しい態度を思い返すとにわかには信じがたい。

「想定以上の結果を出してくれた。謙遜することはない。おまえが掴んだ勝利だ」

 その言葉になぜか喉の奥が締めつけられ、不意に涙が込み上げた。
 そんな春蘭を見た朔弦は、唇の端を優しく持ち上げる。
 ……こんな表情もできたのかと驚いたのは、春蘭だけでなく悠景も同じであった。

「しかし、どうやってあんな結果を得た? 巫女を抱き込んだのか?」

 満足気な表情で腕を組んだ悠景が尋ねる。

「いえ、ちがいます」

「第一、こちらに巫女は抱き込めません。巫女を囲っているのは蕭家ではなく太后さまなのですから」

 巫女が太后に抗えば、宮中での立場が危ぶまれる。
 金銭で釣っているわけではないのだ。そのため、こちらに服従させる手段はない。

「なら、何だよ?」

 春蘭は小さく笑いながら、(たもと)に忍ばせていた髪飾りを取り出す。
 円卓の上に置いてみせた。

「これです」
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