桜花彩麗伝

 悠景は訝しげに手に取ったそれを眺める。
 一見、何の変哲もないただの髪飾りだ。

「これが?」

「実は帆珠が落としたものなんです。たぶん、太后さまが目印として彼女に渡したんだと思います」

「……巫女は誰がどこの令嬢か知りませんから、この髪飾りを頼りに結果を捏造(ねつぞう)したのでしょう」

 太后は巫女に“この髪飾りをつけている娘に最高評価を下せ”と、そう命じたわけである。
 太后の気性をよく知っている悠景は、ふたりの言葉に納得がいった。何ら想像に(かた)くない。

「……そうか。にしても、よく分かったな。そう機転が利くなら、我々の心配は杞憂(きゆう)だったかもな」

 実際、朔弦の言う通り想像以上の出来であった。
 鳳姓という武器を封じられても、その能力で賄えるほどに。
 信じていないわけではなかったが、甘く見ていたようだ。
 それは恐らく、()()()も同じである。

「……それは?」

「え?」

 何を問われたのか分からず、戸惑いながら朔弦を見返す。
 悠景も同じようにした。

「右手だ。見せてみろ」

 無意識のうちに左手で包み込むように握っていたようだが、そんな動作ひとつ彼は見逃していなかった。
 いまは、体調は万全だが、また脈でも診られるのだろうか。
 そう思いつつ差し出した右手を見て、自分でもぎょっとした。

「え……っ!?」

「これは……」

 悠景も困惑したように眺めた。
 てのひらがまだらに赤く染まっている。
 何かにかぶれたような状態で、赤くなった部分は腫れていた。
 左手の方が程度は軽いが、両手ともに同じ症状だ。

「…………」

 朔弦の眉頭に力が込もる。
 髪飾りを円卓に置いたときから赤みが気になっていたが、これほどまでかぶれていたとは。

「な、何でしょう? これ……」

 春蘭は縋るように尋ねた。
 まさか、病に侵されたとでも言うのだろうか。
 言い知れぬ不安感が訪れ、心臓が早鐘(はやがね)を打ち始める。

 朔弦は昨日のことを思い返した。
 鳳邸を出てから宮殿へ着くまでは、春蘭は目の届く範囲にいた。
 何かあったとすれば、宮中だろう。

「昨日、違和感を感じたことは?」

 そう返され、春蘭は動揺しながらも必死で記憶を辿る。
 昨日────。

「……そうだ、水が変だったわ」

「水?」

「はい。一次審査の前、“顔を拭うように”と手拭いと水を張った盥を渡されたんですが……その水に香りがあって」

 朔弦の表情が変わった。
 思い当たったように目を見張り、険しい顔つきになる。

「もしや、甘く渋いような香りでは?」
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