桜花彩麗伝
今後、髪飾りの件を公にするつもりはない。追及する気もない。
実際、春蘭が不正を利用したこともまた事実であるゆえに、取り立てて表沙汰にすればつけ込まれかねないだろう。
踵を返し歩き去っていく背を、帆珠は強い眼差しで捉えていた。
何とも癪に障る存在だ。考えれば考えるほどに腹立たしい。
ふと、兄の言葉が蘇ってくる。
『あまり、鳳家を甘く見ない方がいいかもしれない。特にその姫君には重々注意すべきだ』
その忠告を一笑に付した自分を悔やむ。こんなことになるとは思わなかった。
「邪魔者には……消えてもらうしかないわね」
帆珠は低く呟き、髪飾りを見下ろす。
「……この役立たず」
思いきり壁に投げつけると、ぱきん、と音を立てて割れた。
蝶と花の部分が分離するように壊れ、床に横たわっている。
それを冷たく一瞥すると、部屋の中へと戻っていった。
◇
一夜明け、福寿殿には容燕が参内していた。
結果については当然ながら太后や彼の耳にも入っている。
不機嫌さを隠そうともせずに現れた容燕に対し、太后は打って変わって微笑をたたえていた。
「……どれもこれも太后さまのせいですぞ」
ことごとく虫の居所が悪い容燕は、八つ当たりでもするかのように言いながら椅子へ腰を下ろした。
未だ、王への審査権分与を根に持っているようだ。
「妾は関係ない。確かに主上の参加を認めはしたが、一次には関わっておらぬ」
それについては真っ当な反論であり、容燕は腹立たしげにひとつ咳払いをした。
「鳳家の娘のことは聞き及んでいることだろう。我々は少々、甘く見過ぎていたようだ」
淑徳殿での一件にしても、一次審査の結果にしても、すべて想定外の展開続きで圧倒されてしまった。
漆や髪飾りが空振りに終わり、鳳姫を陥れる計画が画餅に帰したことへの怒りや落胆とは、昨日の時点で折り合いをつけていた。
だからこそ笑みさえ浮かべる余裕がある。
「……前置きは十分。本題をおっしゃられよ」
容燕の声色は不興そのものだったが、いまの太后は寛大な心で聞き流すことができた。
その唇が弧を描いたのを見た容燕は、訝しげに眉を寄せる。
「────鳳家を潰すのだ」