桜花彩麗伝
思わぬ言葉にさすがの容燕も困惑してしまう。
「娘だけでなく、鳳家そのものを……?」
「左様。さすれば、すべては我々の思うがままだろう。そなたにとっても、目の上の瘤を除く好機ではないか」
当主である元明を排すれば、自ずと娘も潰すことができる。
鳳家が没落すれば、妃選びへの参加資格剥奪も当然の措置だ。
鳳元明と娘を追いやることができるとなれば、まさに一石二鳥である。
それと同時に、鳳家を排斥できる唯一の方法でもあった。
「しかし、簡単なことではないでしょう。かの鳳家が、それほど容易く倒れるとは思えぬ」
容燕は渋っていた。……無論、そんなことができるのであればとうにやっている。
だからこそ鳳家を目の敵にしているのだ。
一見、権力に興味を示さず、平和主義の元明だが、それほど暢気な性分では鳳家当主など務まるはずもなく、蕭家を凌ぐこともできないだろう。
温和な雰囲気とは裏腹に“鳳家のため”という名分があれば、いかなこともしてのける残忍さを持ち合わせているはずだ。
「それは、恐れゆえの言い訳だ」
太后の言葉に容燕は顔を上げた。
目尻を吊り上げ、眉をひそめる。
「何ですと……?」
「ちがうと申すか? ならば、何を躊躇う?」
容燕は思案するように瞬いた。
言われてみれば、これまでなぜ実行に移さなかったのだろう。
元明を疎ましく思いながら、この地位に甘んじていた。
なぜ、自ら排除しようと動かなかったのであろうか。
虎視眈々と元明失脚の機会を窺っていたはずが、いつの間にかそれは、この場に留まるための口実となっていた。
すべてを失うくらいならば、とすっかり安住していた────勝てる確信がなければ動けないほどの臆病者に成り下がっていたようだ。
何とも情けない話である。昔は、もっと果敢に挑んでいたのに。
低く、容燕は喉で笑った。
「……大事なものを見失っていたようだ。成功とさらなる栄華を求めるのなら、何時も何ごとにも、怯んではなりませんな」
そうしていまの富と権力を築き上げてきたのだ。一国の王をも黙らせるほどの。
その野心を失えば、待っているのは凋落のみであろう。
「……して、いかに元明を引きずり下ろす?」
まんまと焚きつけることに成功し、満足気に笑んだ太后は続けて問うた。
具体的な策を講じなければならない。それでいて、緻密で穴のない策を。