桜花彩麗伝

「厄介なのは王の存在でしょう。元明に何かあっても処罰せぬやも」

 心から元明を慕う煌凌であれば、仮に彼が悪事を働いたとしても、見て見ぬふりをする可能性があった。
 不問に()し、何ごともなかったかのように重用(ちょうよう)し続けてもおかしくない。
 煌凌にとって大切なのは、宰相ではなく元明だ。彼がそばにいてくれることなのだ。

「ならば……娘に濡れ衣を着せてはどうだ? 元明は当然庇うだろう。さすればもろとも罪に問える」

「それでは弱い。元明を落とすのなら、元明自身に“欠陥(けっかん)”がなければなりませぬ」

「……しかし、主上が出張ってくるのだろう」

 結局その問題点が残り、堂々巡りである。
 元明に罪を着せても、王に揉み消されるのであれば意味がない。

「ですから、擁護(ようご)の余地をなくせばよい」

 容燕はそう言いきった。

「王が庇いきれぬほどの、そして元明が言い逃れできぬほどの、確かな罪を作り出すのです」



     ◇



 午の刻(正午頃)、瑛花宮の庭院(ていいん)には候補者たちが整列していた。
 陽が高くに上り、爽やかな陽射しが注ぐ。

「太后さまのお成り」

 宮殿から軒車に乗って訪れた太后は、列を成す令嬢たちの前に立つ。
 華やかな装いで現れた太后に、候補者たちは揃って(こうべ)を垂れた。

「変わりなさそうだな」

 努めて優しい声で言い、微笑をたたえる。
 ぐるりと見回し、春蘭の姿を認めると目を細めた。
 その顔や手を見る限り、漆の症状は見受けられない。
 ────朔弦の言った通り、濃度が薄まっていたことと触れた時間がわずかであったお陰で、紅斑(こうはん)は三日も経たずして治まったのであった。

(……(つら)の皮が厚い娘だ)

 しかし、いまは腹が立つこともない。
 間もなく父親が罪人となり、華々しい人生が転落することだろう。そう思えばこらえられる。

「それでは、第一次審査の合格者を太后さまより直々(じきじき)に発表していただきます」

 太后の傍らに控えていた宮官が告げる。
 令嬢たちは各々、背筋を伸ばしたり唇を引き結んだりと、どこか緊張した様子を見せていた。

「一次審査の合格者は五名だ。当初は六名に絞るつもりだったが、厳正なる審査の結果、五名を選出する運びとなった。この際ひとりくらい変わらぬだろう」

 そう前置きしてから、手にしていた巻子(かんす)の紐をほどいた。
 記された合格者の名を、淡々と呼んでいく────。
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