桜花彩麗伝

「楚芳雪」

 まず選ばれたのは芳雪であった。
 巫女の評価は無論、彼女の思慮深く慎ましやかな態度から、これは誰しも予想通りであろう。

「虞珂雲」

 次に、蕭派である虞家の娘が呼ばれた。
 その瞬間、令嬢たちの表情が曇る。
 彼女はそもそも人相の評価がなされていないはずだ。この結果はどういうことなのだろう。

「寧璃茉」

 続いても同様であった。
 令嬢たちの間にさざなみのようなざわめきが起こる。本人も困惑した様子だ。

 ────春蘭は戸惑う傍らでひらめく。
 ふたりは単に、蕭派の娘であるゆえに選出されたに過ぎない。

 蕭派勢力の拡大を目論(もくろ)む容燕からすれば、蕭家本家は無論、蕭家と根深い関係にある蕭派の家も側室として選出するのが得策(とくさく)である。
 果たしてその読み通り、便宜(べんぎ)を図った太后は、現在残っている虞家と寧家を最終審査で落とし、帆珠を王妃、その二家の娘を側室に迎えようと考えていた。

 正真正銘、一次審査は形だけのものだったわけである。
 春蘭が得た最高評価は、無意味なのだろうか。

「蕭帆珠」

 その名が呼ばれると、ひときわざわめきが大きくなった。
 宮殿での彼女の態度は誰が見ても最悪なものであった上に、淑徳殿で騒動まで起こした。
 それにも関わらず合格判定なのだから、令嬢たちの戸惑いも当然である。
 内定者であるという噂に信憑性が増していく。

 春蘭は祈るように目を瞑った。

 璃茉や珂雲、帆珠の合格は、春蘭の努力を踏みにじったも同然である。
 一次審査の結果も平常の態度も、何ひとつとして評価されていないのだ。

「そして、最後は────」

 心臓の刻む音が、ひとつひとつ深く沈み込んだ。重ねた手を思わず握り締める。
 ここで負けるわけにはいかない。負けたくない。

「……鳳春蘭」

 はっと目を開けた。
 その声は不服そうであったが、間違いなく自分の名が呼ばれた。
 太后を見れば、冷酷な視線が返ってくる。

 ────令嬢たちのざわめきがぴたりと止む。

 春蘭に注がれる眼差しに、どれひとつとして異議を持つものは含まれていなかった。
 この結果だけは、誰もが認めたという証である。

 安堵と喜びが込み上げ、思わず顔を綻ばせた。
 感慨無量の春蘭に、芳雪も小さく笑む。

「────以上、五名。残りの者は帰宅を許す。各自、結果を受け入れよ」

 太后はそう言うと素早く巻子(かんす)を閉じた。
 結果的に第一次審査の最終組が残った形となったが、既にそこから思惑通りなのかもしれない。少なくとも春蘭の合格以外は。

 再び場にざわめきが戻った。令嬢たちが顔を見合わせる。

「ねぇ、こんなのって……」

「あんまりよね」

「ひどいわ……」

 そう言われても受け入れ難い不自然な結果を目の当たりに、不平不満が募り出す。

「慎みなさいよ」

 そんな燻った空気を割ったのは帆珠であった。

「あんたたちには、結果を(いさぎよ)く受け入れる謙虚さってものがないの?」

 しん、と静まり返る。
 令嬢たちが口を噤んだのは、しかし彼女の言葉に感化されたからではなかった。

 もし自分が逆の立場であれば、(はばか)らず激昂したにちがいない。
 蕭姓により贔屓されているに過ぎない帆珠が咎めたことで、呆気に取られただけであった。

「……蕭帆珠」
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