桜花彩麗伝
一連の光景を、悠景と朔弦は傍から目にしていた。
「……少し、分かるかもな」
しみじみと呟いた叔父に視線を向ける。
「戦に出て、死が迫ったら……誰かに思いを預けて勝利を託したくなる」
自分がそこで散ったとしても、その誰かが生き抜いて勝利を掴み取ってくれたのであれば、魂も浮かばれることだろう。
そんな武将としての考え方は朔弦にも理解できた。
しかし、あの令嬢たちの感情とは少し異なっているだろう。
「そんなに、崇高なものではないのでは?」
彼女たちは不当な評価により落第したことそのものより、帆珠が合格した上に大きな顔をしていることに不満を持っている。
悔しさよりも、不平が大きい。
無論、正当な審査でない以上、その点に憤るのは無理もない。
それでもできる努力はあったはずだ。
現にそれを怠らなかった芳雪は合格している。
一次審査の結果を抜きにしても、及第点に届く可能性は誰しも十分あったというわけだ。
己のすべきこと、己にできることを疎かにしておきながら、こうなるに至った理由や原因をすべて周囲に押しつけるのは傲慢でしかない。
その上、つい数日前までの羨望や嫉妬は忘れ、唯一の対抗馬と認定するや否や、春蘭に己の願望を背負わせた。
その方が、気持ちが楽になるからだ。
落第したことも、不当な審査であったと思えば割り切れるから。
春蘭の存在も、決して敵わない特別な存在だと認めれば張り詰めなくて済むから。
「憂さ晴らしのために勝手に期待され、意に添えなければ勝手に失望される……。春蘭が哀れです」
令嬢たちの思いは、結局のところ己のためでしかない。
帆珠がのさばるのは許せない。
だから、春蘭の力で一泡吹かせて欲しい。
春蘭に託して仲間意識を覚えれば、劣等感も緩和する。
負けても勝った気になれる。
「おまえなぁ……」
悠景は朔弦を見やり、わざとらしく大きなため息をついた。
────不正や八百長のために引き下がるほかない、気の毒な令嬢たちのやるせない思いを、残った春蘭がすべて背負って戦う。
権謀術数を掻い潜り、険しい道の先にある王妃の座を勝ち取るために。
公明正大な信念を貫く春蘭は、令嬢たちにとって唯一の希望の光だ。
春蘭が王妃になることは、正義を以て悪を成敗することと同義である。
だからこそ、令嬢たちは春蘭を信じて託した────そんな美談だと、悠景は思ったのに。