桜花彩麗伝
「春蘭殿のお陰で少しは優しくなったかと思ったが、見当ちがいだったか。おまえはとんだひねくれ者だぜ、まったく」
「いけませんか?」
「……ふん、生まれたときから性根が曲がってやがるな」
美談を美談で済まさない。
本質を突いて、厳しいことばかりを言う。
しかし、何ひとつとして間違ったことは言わないから、悠景も咎められないし反論の余地もない。
せめて、こうして悪態をつくので精一杯だ。
「さて、それじゃ話も終わったようだし、春蘭殿のところへ行こう。宰相殿に様子を伝えねば────」
「叔父上」
春蘭を残し、令嬢たちが荷物をまとめに行ったのを見て歩き出そうとした悠景を、咄嗟に袖を引いて引き止めた。
何ごとかと振り向き、謹厳な面持ちでいる朔弦の視線を辿った悠景は瞠目した。
「あれは……侍中か?」
瑛花宮内が唐突に騒がしくなる。
女官たちは揃って頭を垂れ、令嬢たちも思わず畏まっていた。
「侍中、お越しですか」
宮官が冷静な対応で容燕を迎えた。
それを聞いた春蘭は、弾かれたようにそちらを向く。
(この人が、蕭容燕……)
白髪混じりの長髪を後ろの低い位置で結い、いかにも高貴そうな装いの中老である。
顔立ちははっきりと鋭く、威圧的な雰囲気が強かった。
眉間に刻まれた濃い皺がそれを助長させている。
「帆珠のもとへ案内せよ」
顎にたくわえた髭を撫でる仕草ひとつ取っても、威厳と貫禄にあふれていた。
元明とはまるで正反対である。
父に威厳がないわけではないが、少なくともこれほど高圧的ではない。
……容燕を恐れ、元明に懐く煌凌の気持ちが、春蘭にも少し分かったような気がした。
容燕が屋舎の中へ消えると、張り詰めていた空気が幾分か和らいだ。
知らず知らずのうちに肌が強張っていたことに気づき、春蘭は深々と息をつく。
存在だけで圧倒されてしまった。
「侍中がお出ましとは……蕭家は相当追い詰められてんじゃねぇか?」
そんな声に振り返ると、したり顔の悠景と、それとは打って変わって真面目な表情の朔弦が歩み寄ってくるところであった。
「謝大将軍」
「やったな、春蘭殿。一次は無事合格か。それで侍中まで動かすとは大したもんだ」
破顔して白い歯を見せる。
春蘭も思わず顔が綻んだ。そうまっすぐに褒めてもらえたことが嬉しかった。
しかし、素直に喜んでいる場合だろうか。どうにも引っかかる。
朔弦の表情が、何ごとかを憂慮するように曇っていたからだ。
「……嫌な予感がします」