桜花彩麗伝
秀眉をひそめた朔弦が、呟くように言った。
「この折に侍中自ら出張ってきて、娘と面会など────」
何か企んでいる、と広く知らしめているようなものだ。
こちらに警戒されることも厭わないという強い自信の現れだろうか。
何とは言いきれないが、胸騒ぎがしてならない。
波のような不安感が押し寄せては、心の内をかき立てる。
「まあ、確かにな。大方、二次審査の作戦会議ってとこじゃねぇか?」
「いまは……警戒することしかできないですよね」
春蘭は言う。
出方も計画の全容も知れない以上、気を引き締めるほかにできることはない。
「もしかしたら、この機に何か“大きなこと”を仕掛けてくる気やも……」
朔弦の言葉に、言い知れぬ不安が芽生えた。
小さな芽でも、深い根を張っているようにしこりのような違和感が居座る。
決して瑛花宮内に留まる話ではないような気がして────だとしたら、その方が恐ろしい。
自分ひとりに降りかかる災いよりも、よほど。
◇
「いま、何と……?」
落第した同室の令嬢をさっさと追い出し、帆珠は父と密談していた。
にわかには信じがたい話を聞き、瞠目した瞳がゆらゆらと揺れる。
容燕は喉を鳴らすように笑った。
「蕭家の時代が、目前に迫っておる」
つまりは鳳家を倒すことのできる、勝算があるということだ。
────計画の大まかな流れを聞いた帆珠は、愉快そうに口角を持ち上げた。
「完璧ですわ」
一番憎らしい春蘭を、一番苦しめられそうな、まさに良計である。
簡単に殺してしまっては味気がない。
絶望のどん底で生かした方がよほど痛快だろう。
なす術なくもがき苦しむ姿を、高みの見物してやる。
帆珠にとって重要なのは春蘭が転落することであり、元明や鳳家そのものなど二の次であった。
鳳家の没落を最たる目標としている容燕とは異なり、それはあくまで過程か、いち手段に過ぎない。
すべてを失い、罪人の娘となった春蘭になど、あの王とて構いはしないだろう。
あくまで鳳家の権威欲しさに、王妃に迎えたいだけなのであろうから。
鳳姓が価値を失えば、春蘭である必要性もなくなる。
あの女も王という後ろ盾を失い、偉そうな態度を取れなくなるだろう。
想像するだけで頬が緩む。
「よいか。計画が成功するまで、決して面倒を起こすでない」
淑徳殿で起きた揉めごとのような事態は言語道断である。
容燕は、感情的になりやすい帆珠に釘を刺した。
「ええ、承知しておりますわ。もうすぐあの女の顔が苦痛に歪むんだと思えば耐えられる」