桜花彩麗伝

第十四話


 夜明け前から、蒼龍殿の前には多くの(おみ)たちが顔を揃えていた。
 (つど)っているのは蕭派の面々である。
 彼らはそれぞれその場に(ひざまず)き、殿内にいる王へ絶えず訴え続ける。

「どうか、鳳元明を罷免(ひめん)なさってください」

 誰もが同じ言葉を発した。何度も繰り返した。

「…………」

 煌凌はそれを耳にしながら、暗い表情でその場を行ったり来たりする。一蹴(いっしゅう)できないのが悔しい。
 可能ならば、容燕をはじめとする蕭派全員に、元明を侮辱した罪を問いたい。
 というか、実際に本来罪を問うべきは連中である。

「……誠に元明を罷免せねばならぬのか」

 煌凌は嘆くように言う。
 脇に控えていた朔弦は至極冷静な態度で頷いた。

「ええ。ここはそれ以外にありません」

 煌凌は唇を噛み締め、不安気に振り返る。
 一方の彼は、澄みきった表情で黙って王を見返していた。

 既に状況へ適応し、順応し、嘆くことも(うれ)うこともしなかった。
 既にそんな必要はなくなっていた。打開策を見つけているのである。

「大丈夫、なのか……?」

「ご心配なく。宰相殿の罷免は()()()なものですから」

 こともなげに言われ、煌凌は瞬いた。……一時的?
 思わず歩み寄りながら縋るような眼差しを向ければ、何も言わずとも彼が説明を始めた。

「連中の目的は宰相殿の罷免。ですから、陛下はそれを叶えてやればよいのです」

 罷免を阻止できないのであれば、こちらが(こうむ)る打撃を最小限に抑えるほかない────元明の罷免を一時的なものとし、すぐに復職させるのである。
 一旦でも罷免しておけば、つけ込まれることもない。

 ただ、決してこちらの意図を悟られてはならない。
 罷免すれば、それだけで蕭派は浮つく。元明の失脚を大いに喜び、勝利を確信する。
 その際の容燕の行動は、火を見るより明らかである。

「侍中は宰相の座を要求してくるでしょう。……そうなれば、あとは時間との勝負です」

 空いたその席を容燕は間違いなく欲する。かねてからの野望を叶えるために。
 その点の理解は煌凌にも(やす)かった。しかし、“時間との勝負”とは────。

「と、言うと?」

「侍中が動き出す前に、陛下が事を成さねばなりません」

 すなわち、容燕が王にかけ合う前に。
 そのとき煌凌は既に孤立している。誰も守ってはくれない。
 つまり、容燕のいかなる要求も拒めないわけである。
 そのため、彼よりも早く動く必要があった。

「……して、余が成さねばならぬこととは何だ?」

 小さく首を傾げる。
 朔弦は一度目を伏せ、顔を上げた。

 ひとつだけあるのだ。
 鳳家を守り、なおかつ元明を復職させる名分に足るものを作る手段が。
 毅然として王を見やり、彼は告げる。

「春蘭を────側室にお迎えください」
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