桜花彩麗伝
     ◇



 煌凌と別れ、後宮へ戻った春蘭のもとへ、ひとりの少女がしずしずと歩み寄ってきた。
 まだ(よわい)十四の彼女は、小柄であどけない顔立ちであることも相まって、まとっている女官服がかなり大きく見える。
 緊張気味の表情を浮かべたまま、春蘭に礼を尽くした。

「お初にお目にかかります、鳳婕妤さま。わ、わたしは今日より婕妤さまにお仕えする、橙華(とうか)と申します……」

 舌足らずながら一生懸命に言葉を(つむ)ぐ橙華に、春蘭は微笑ましい気持ちになりながら笑み返す。

「よろしくね、橙華」

「はい……! さっそくですが、居所(きょしょ)へご案内しますね」

 春蘭の柔らかい態度にほっと肩の力が抜けたのか、橙華は緊張を解きながら言う。
 (ひるがえ)された小さな身体を追い、あとについて歩いた。



 ────辿り着いたのは、かなりの規模を誇る屋舎(おくしゃ)であった。
 風雅(ふうが)な外観は()ることながら、雅致(がち)禁苑(きんえん)までもが広がっている。
 急遽決まった入宮であったが、外壁も柱も綺麗に磨かれており、汚れひとつ見当たらない。

 禁苑には緑々(あおあお)しい芝生が広がっており、屋舎から幅の広い石畳の道が伸びていた。
 ところどころに低木や鮮やかな花々が植えられており、花香と風を感じながら茶を飲むのにうってつけな陶製(とうせい)の円卓と椅子も用意されている。

 各所にある灯籠(とうろう)からは、暗くなれば柔らかな灯が漏れるのであろう。
 一角には小さな池もあり、白塗りの橋が架けられている。澄んだ水の中には鯉が泳いでいた。

 また、禁苑で何より目を引くのは立派な桜の木である。
 時期でないため花は咲いていないが、瑞々(みずみず)しい若葉が風に揺れていた。
 春には、幻想的な花吹雪に包まれることだろう。

 これからはここが生活の中心となる。

「素敵だわ……」

 春蘭は思わず感嘆の声をこぼす。
 庭院(ていいん)だけでこれほど豪勢(ごうせい)であるとは、何と華やかな居所(きょしょ)だろう。

 そのとき、屋舎から出てきた芙蓉が春蘭のもとへ駆け寄ってきた。
 橙華とは既に顔見知りであるらしく、互いに親しげな眼差しを交わしていた。

「お越しですね、婕妤さま」

 待っていた、と言わんばかりにどことなく嬉しそうに芙蓉が言う。

「ええ、本当に素敵なところね。だけど、さすがに大きすぎないかしら……?」
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