桜花彩麗伝

 悠景は目を見張り、眉を寄せる。
 遅かれ早かれ、妃選びの中止と後宮入りの件を容燕に勘づかれることは分かっていた。
 それ自体は取り沙汰するような問題ではない。

 ただ、その上で帆珠の後宮入りを要求してくるとは────しかも、正一品となるとほとんど王妃と大差のない位だ。
 最も避けたかった展開と同然の事態に陥ろうとしている。
 やっと態勢を整えられると思った矢先、春蘭がまたしても危険に晒されかけていた。

「どうするおつもりで……? まさか、侍中の申し出を許したわけじゃありませんよね?」

 凄みを利かせる容燕の姿がありありと浮かぶ。
 それと同じくらい鮮明に、怯えて震える煌凌の様子も想像できた。
 しかし、断じて屈してはならない。
 少なくともその要求だけは、決して飲んではならない。

「無論、許すつもりはない! しかし……逃げきれぬ、かも、しれぬ」

 自信なさげに煌凌は語尾を弱めた。
 帆珠を側室に迎えたいのであれば太后に願い出ればよいだけのことであるが、容燕はあえて煌凌に頼んできた。
 “頼む”などという生ぬるいものではない。()()()きた。

 快諾(かいだく)を得られるわけがないと分かっていながら、わざわざ煌凌に働きかけた意図は明白だ。
 ────王の反抗を抑制するため。

 太后に頼み、王の意を無視して帆珠を後宮へ入れれば、妃選びの二の舞となる。
 太后と容燕もとい蕭家、それと相対する王と鳳家、といった図が再び完成するのである。
 そうなった場合、またしても蕭家が追い詰められるのではないかと、王や鳳家が思わぬ力量を示すのではないかと、そう危惧したわけだ。

 だから、王に圧力をかけた。
 今後楯突く気力を()ぎ、仮に刃向かったとしてもすべて無駄であると思い知らせるために。
 帆珠の後宮入りに対し、煌凌が最後の最後まで抵抗すれば太后の出番なのだろう。
 否応なく帆珠が側室に迎えられ、また、拒み続けた事実を盾に、容燕からさらなる圧迫を受ける羽目になる。

 どちらに転んでも────その要求を煌凌が受け入れても、拒否しても、容燕はまんまと目的を果たせるというわけだ。
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