桜花彩麗伝

 当然、煌凌の即位に反発はあった。容燕の言う通り、彼が罪人の子であるゆえだ。
 そこで容燕が、自らが摂政(せっしょう)になるという条件を提示し、反対意見を跳ね除け、すべて退(しりぞ)けた。
 すなわち煌凌が無事に王位に就けたのは、容燕のお陰であると言わざるを得ない。
 そういう意味でも頭が上がらなかった。

 ────実際、容燕が煌凌に手を差し伸べたのは慈悲などではなかった。
 彼の父であり先王である“宗陽王(そうようおう)”が、時の権力者であった容燕に、生き残った唯一の王位継承者である煌凌の無事を懇願(こんがん)したのである。
 宗陽王の命と引き換えに、煌凌の即位を約束させたのであった。

「いまさら欲を出し、わたしを排除しようと言うのか。そんな勝手が許されると思うでない!!」

 容燕が吠えた。煌凌はぎゅっと強く目を瞑り、首をすくめる。

 大嵐の中、野ざらしにされているようであった。
 吹きつける風が痛い。矢のような雨が痛い。暗雲を(まばゆ)く切り裂く雷鳴が耳を(つんざ)く。

 外にいる清羽や悠景も恐らく、この嵐の訪れに気がついている。
 しかし、誰も飛び込んできて助けてくれはしなかった。
 雨風を凌ぐ屋根や壁にはなってくれない。傘を差し出してもくれない。
 ……当然であろう。
 だから、容燕はここへ乗り込んできたのだ。

「忘れるな、そなたは人形だ。意志を持ってはならぬ」

 煌凌は、ふっと目を開けた。
 すぐ目の前に、黒々と深く沈むような双眸(そうぼう)が迫ってきていた。
 がんじがらめにされたように身動きが取れなくなる。

 防衛本能が働いた。意識が自分の内側に集中する。
 ただ、自分の冷たい鼓動を聞いていた。

「そなたは、王であって王でない。しばし玉座を貸してやっているだけのこと……。もし再び楯突けば、否応(いやおう)なくその座から引きずり下ろす」

「……っ」

 手足の先が氷のようであった。思わず握り締めた拳は色を失い、吐き出した微弱(びじゃく)な息は震えた。
 しかし容燕は、やはり慈悲など持ち合わせていない。
 几案(きあん)から手を離し、一歩下がる。

「……もうお分かりですね? わたしの申し出にどう答えるべきか」

 煌凌の眉頭に力が込もる。空気を求め開いた唇を、固く閉じた。
 容燕はそんな気弱で(もろ)い王の様子を見やり、満足気に髭を撫でる。

「さぁ、主上」

 もったいぶって呼ぶ。いかにも愉快そうであった。
 煌凌にとっては、絶望への秒読みである。
 容燕は悠然と後ろに回した手を組んだ。

「我が娘、帆珠を側室に────」
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