桜花彩麗伝

 櫂秦は円卓の上に頬杖を突き、視線を流して春蘭を見やる。
 彼女は伏し目がちに表情を引き締めた。

「余計なお世話かもしれないけど……」

 瑛花宮で芳雪と語らい合った月夜を思い出す。
 彼女が王妃となることが、楚家を立て直す唯一の手段だと分かっていながらも、一貫して嫌忌(けんき)していた。
 しかし、半分諦めてもいたのだろう。どこか自嘲気味な笑顔だった。

 しかし、兄のことは一切諦めようとしていなかった。
 ひたむきなあの姿を見て、強く胸が締めつけられた。
 表にこそあまり出さないようにしているが、櫂秦にしても同じことであろう。
 ふたりを苦しめている理由の中に、横暴な蕭家の存在も含まれている。

「わたし、あなたのことも芳雪のことも助けたいの。ううん……助ける、なんて上から目線なものじゃなくて。でも、とにかく何とかしたい。助けられてばっかりで」

 命を救われただけに留まらない。雪花商団の(おさ)である以前に心強い味方となってくれた櫂秦にも、瑛花宮で姉のように優しく寄り添ってくれた芳雪にも、幾度となく救われていた。
 だからこそ、今度は自分が力になりたいのだ。

「州民たちのことだってね。あなたも見捨てられないでしょ?」

「……ま、そうだな。俺の故郷だし、実家もあるし、他人事だって割り切れねぇ部分はある。で、いつ行くんだ?」

「とにかくまずは、煌凌と朔弦さまに話してみるわ。許可が下りないとどのみち宮殿から出られないし」

 しかし“王は(まつりごと)をしない”ともっぱらの噂である。
 彼が上奏文(じょうそうぶん)を読んでいないとすると、柊州の現状自体、あずかり知らないところかもしれない。
 その可能性は低くないように思われた。

「あの、お嬢さま────」

 眉を下げつつ躊躇いがちに口を挟んだ紫苑の言葉を遮るように、駆ける足音と舌足らずな声が近づいてきた。

「婕妤さま、婕妤さま!」

 扉の向こうで立ち止まった橙華は、慌てながらも人払いされていたことを思い出し、扉に伸ばしかけた手を引っ込める。

「どうしたの?」

「主上がお見えです! すぐに禁苑へお出ましください」
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