桜花彩麗伝

 煌凌はますます衝撃を受けた。まさか、そんなところにまで蕭家が絡んでいるとは。

「な、何ゆえだ? 蕭家は何のために────」

「お金のためよ。柊州を押さえて、意のままに資金()りするつもりじゃないかしら」

 あらゆる局面で財は力となる。蕭家はそれをよく分かっているのだ。
 金は人々の口を塞ぎ、都合の悪い事実を消し去る。
 金は人々を育成し、兵力にも権力にも化ける。
 かくして財は力を呼ぶ。

 もしかすると、蕭家は金儲けの先に何かを企んでいるのかもしれない。
 あるいはいずれの野望のために貯め込むつもりかもしれない。
 何にせよ、いまならばまだ間に合う。後手(ごて)に回るのはもう十分であった。

「だから、手遅れになる前にどうにかしたいの。お願い、柊州へ行かせて」

 春蘭の言葉は理解できたが、すぐには頷けなかった。

「しかし……柊州は危険だ。疫病も流行っている上、蕭家の監視下にあるのだろう? それに、そなたは後宮入りしたばかりだ。これほどすぐに宮殿を出てはつけ入られるかもしれぬ」

 これまで死ぬ気で玉座を守ってきた煌凌は、連中に好機を与えかねない“隙”に敏感であった。
 その隙を徹底的に取り除くことが唯一の対抗手段だったのだ。

 冊封(さくほう)されたばかりの側室がすぐさま宮殿を出ていくなど未聞(みもん)である。体裁(ていさい)が悪い。
 ただでさえ春蘭の冊封を批判せんと騒いでいる蕭派を助長させてしまうだろう。

「────その通りです」

 不意に聞こえた声にはっとする。
 王の意見に頷いたのは、朔弦であった。
 任命式のあと桜花殿へ参殿(さんでん)していた彼は、取り次ぎを拒んで密かに話を聞いていたが、煌凌が最終的に押されそうなのを見かねて割って入った。

 本来、後宮はその殿を守る門番兵と内官を除いては男子禁制であり、女性以外に足を踏み入れられるのは王のみである。
 しかし、煌凌は一部の人物に限って特別に許可していた。朔弦もそのひとりだ。
 その背後で静かに扉が閉まる。

「朔弦さま……」

「頭を冷やせ。おまえは後宮を離れるべきじゃない。いま、その座を(おびや)かされれば鳳家は終わりだ」

 そう告げるなり円卓へと歩み寄ってくる彼に、春蘭は思わず「ですが」と反駁(はんばく)しかけた。
 その気を()ぐほど冷徹に、それでいて呆れを滲ませながら確かめるべく言う。

「己の役割は分かっているな?」

 ()すようではあったが、お陰でいささか冷静さを取り戻すことができた。
 春蘭は落ち着いた口調で答える。

「“王”の権威を立て直す、お手伝いをするんですよね。その前にお父さまの……鳳家の勢力も取り戻さないと」

 はらはらと状況を見守る煌凌に構わず、朔弦は淡々と頷く。

「そうだ。当初目指した形ではなくなったが、側室だろうと()は持てる。……おまえがそれをどう使うか、見物(みもの)だと思っていたが」
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