桜花彩麗伝

 がっかりだ、と言いたいのであろう。さっそく失望した、と。
 無理もなかった。
 いま、この折に春蘭自身が柊州へ赴くことはいずれの目的にも適っていない。

 櫂秦の口にした“お人好し”という言葉の通り、それは正義感を貫こうとしているに過ぎない。あるいは単に自己満足でしかないかもしれない。
 朔弦に言われなければ、いつの間にか道を逸れていたことに気づきもしないほど、盲目的かつ盲動的になっていたようだ。

「ま、まあまあ……少なくとも元明の件はうまく運ぶはずだ。そうであろう?」

 とりなすように言った煌凌が朔弦を窺うと、彼はこともなげに「ええ」と答える。
 なぜ、そう言えるのだろう。きょとんとしてしまう。
 自分が側室に迎えられたというだけで、すべてが覆るとは思えない。

「目に見える証拠が何も出ていません。罪過(ざいか)を立証するには不足です。当然、これ以上の追及も無意味でしょう」

「でも、罷免(ひめん)までされて……」

「それは、あえてのことだ。わたしが陛下に進言した」

「え!?」

 衝撃的な告白であった。どういうつもりなのだろう。
 まさか朔弦が裏切ったというわけではないであろうが、元明の罷免により事態が困窮(こんきゅう)したのもまた事実である。
 いったい何のために、春蘭たちが不利になるような判断を煌凌に迫ったのだろう。

「早々に終止符を打つしかなかった。あれ以上長引けば、本当に手の施しようがなくなっていた」

 元明の罪をでっち上げた容燕は、それを確かなものとするため、ありもしない証拠や余罪をさらに捏造(ねつぞう)したことだろう。
 その場合、罪の真偽に関わらず、元明は処罰を免れなかった。
 その内容が同じく“罷免”であったとしても、もたらす意味は大いに異なる。

 たとえば容燕主導のもと、吏部尚書が権限を行使し、元明の罷免を決定したのであれば、それこそ再起を図るのは不可能であったかもしれない。
 鳳家がしてやられた形になり、ただでさえ不安定な立場の鳳派は士気(しき)を失ったであろう。

 また、そういった“一見真っ当な理由”を並べ立てられたら、たとえ王であっても覆すことができず、元明も元明で冤罪を証明できない限り、地位を取り戻せない。
 限りなく不可能に近いが、仮に冤罪証明に成功したとしても、罷免した張本人である吏部尚書が認めなければ、元明の復職は叶わないのだ。
 そして、その可能性は無に等しい。

 だからこそ、朔弦は機先(きせん)を制した。

 吏部ではなく王が自ら罷免すれば、その影響や損害を最小限に抑えられるからだ。
 復職にも、吏部の同意は不要である。

 また、元明を寵愛(ちょうあい)する煌凌が切り捨てたことにより、容燕はじめ蕭派の油断を招くことができた。
 春蘭の入宮を首尾(しゅび)よく完遂させるための時を稼ぐことができた。
 そのお陰で、容燕に“宰相の座”を要求する余裕はなくなった。

「証拠や余罪を捏造される前に、さっさと連中の狙いを叶えてやったんだ。あとは頃合いを見計らい、陛下が復職させるだけだが────」

「……?」
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