桜花彩麗伝
何かを憂うような朔弦の口調に、春蘭は黙って続きを待つ。
復職は時期尚早、という話だろうか。
しかし証拠不十分でこれ以上罪に問えないのであれば、冤罪を証すことも不可能ではないはずだ。
それができれば、尚早も何もない。
復職に関する懸念はなくなる。
春蘭はそんなことを考えたが、朔弦の憂いの種はそれではなかった。
「出し抜いた報復として……その対抗手段として、侍中は蕭帆珠の後宮入りを強いてくるやも。いや、既に強いられたのではありませんか?」
帆珠の名に、春蘭は容燕の言葉を思い出した。
まさしく朔弦の言う通り、容燕は帆珠の後宮入りを王に要求してきた。
あの場は何とかおさまったが、さらに煌凌に圧をかければ、彼が拒否できないことは予想に易い。
目を伏せた煌凌は、果たして鬱々と首を縦に振った。
正一品────最高位の側室に帆珠が迎えられるかもしれない。
春蘭はつい顔を曇らせる。
その構図は、妃選びの最終審査で春蘭が落第し、帆珠が王妃に、春蘭が側室に迎えられた場合と同様である。
また、彼女の性格上、個人的にその立場を利用し、春蘭をいびる可能性が高い。
容燕が娘の立場を利用することも大いにありうるだろう。
いずれの場合も、春蘭は真っ向から抗えないのである。
「……分かっただろう。おまえはここを離れるべきではない」
春蘭に向き直り、朔弦が言う。
後宮を帆珠に明け渡せば、居場所ごと奪われること請け合いであろう。それは痛いほど理解した。
「ですが、無関係ではないんです。柊州を制圧してる武者集団……紅蓮教の背後にいるのは、恐らく蕭家だから」
朔弦は顔色を変えない。先ほど扉の向こうで聞いていた通りだ。
瑛花宮で話を聞いた芳雪もそこまでは掴んでいないようであったが、蕭家の性質を思えば優に納得のいく話である。
そもそも単なる武者集団に過ぎない連中が、柊州全域を支配下に置いた上、疫病の特効薬である百馨湯の独占までしてのけるなどありえない。
背後に“大物”が関わっていること自体には特段驚かない。
「……つまり、柊州の救済が蕭家を切り崩す糸口になりうる、と?」