桜花彩麗伝
慎重に口を挟んだ煌凌に、春蘭はしかし眉を下げる。
「……もちろん、それだけでは足りないと思う。また、とかげの尻尾切りで終わるかもしれないし」
施療院での薬材不足と、冒涜的な触れ文により悠景や朔弦が投獄された一件を思い返す。
結局、証人も証拠も失い、蕭家と共謀していた院長も切り捨てられた。
挙句、収監されていた航季も釈放され、連中は独占していた薬材を高額ながら民へ供給したことで名声を取り戻した。
結果的に春蘭たちが蕭家へ与えた打撃は無に等しい。
またしても同じことが起こらないとは限らない。
尻尾を切り、難を逃れることは、蕭家の常套手段にちがいないのだから。
紅蓮教との癒着を暴くことができたとしても、連中が土壇場で彼らを切って捨てる可能性は大いにあるだろう。
ややあって、朔弦が小さく息をついた。
「おまえの柊州行きには賛成できないが、言いたいことは分かった。とりあえず、知っていることをすべて話してみろ」
こくりと春蘭は頷く。
かくして、柊州に関して櫂秦から聞き及んだこと、雪花商団のこと、百馨湯の配給のこと────何もかもを包み隠さず打ち明けることとした。
◇
吏部尚書の男は、雛陽の公邸で容燕と会していた。
酒席でのことを思えば幾分か機嫌を直したらしく、眉間の皺が浅くなっている。
「話があって来た。そなたの力を借りたい」
端的に容燕が言う。表情は険しいものの、どことなく興がるような声色である。
何かを企んでいることが直感的に分かり、吏部尚書はやや緊張の色を強めた。
「……近頃、王や鳳姫に肩入れし、ことあるごとに出しゃばる若僧がいるのだ」
急な話の展開に、戸惑いながら容燕を見返す。
吏部尚書として官吏を統括しているが、すぐにはぴんと来なかった。
王や春蘭に味方をする若僧とは、いったい誰のことであろうか。
「誠に生意気な男だ。やはり、あのとき殺せていれば……」
その言葉にやっと思い至る。
以前、陰謀を巡らせたものの仕損じたことがあった。容燕が言っているのは、謝朔弦のことだ。
左羽林軍に属する彼は官吏ではないため、すぐにひらめかなかったようだ。
「謝朔弦が何です? 叔父ともども、朝廷に介入する権限もない……。大した脅威にはならないのではありませぬか?」