桜花彩麗伝
     ◇



「どうかお考え直しください」

 煌凌がその言葉を聞いたのは、もう何度目のことであろうか。

 (おみ)たちは日がな一日、王の前で同じ言葉を唱え続けている。
 蒼龍殿内でも、その前でも、中には陽龍殿まで追いかけてくる者もいた。

 否定的な態度で“考え直せ”と諌言(かんげん)する彼らの後頭部を見下ろすのにも、そろそろ飽きてきた頃である。
 泰明殿の中で、玉座に座る王はうんざりとため息をついた。

「……いい加減にせぬか」

 ほとほと呆れ返ってしまう。

 普段は走狗(そうく)として容燕の言うことに首を縦に振るばかりであるくせに、と胸の内で悪態をつく。
 彼らが「左様」以外の言葉を知っていたとは思わなかった。

「いいえ、主上。断じて許されることではありませぬ」

「正妃がいらっしゃらぬのに、ご側室とは……。王室の体裁(ていさい)と国の綱紀(こうき)をお守りください」

「しかも鳳婕妤さまは惨たらしい事件を起こして罷免(ひめん)となった鳳元明の娘御(むすめご)ではありませぬか。罪人の子にかような厚遇(こうぐう)は許されませぬ!」

「どうか、早く正妃をお迎えなされ。家門も素養(そよう)も、蕭家の娘御以外に適任者はおりませぬ」

 それが総意だ、と言わんばかりに各々頷き合っている。
 煌凌は、ああ、と思った。それらすべてが容燕の意なのであろう。
 彼らはやはり走狗として申し分ない。
 この場に容燕がおらずとも、あの男の望むところをしてのけている。

 一方の鳳派は肩身が狭いのか、決まりの悪そうな表情で目を見交わすが、反駁(はんばく)できないでいるようだ。無理もない。

 す、と煌凌は玉座から立ち上がった。

「────二度と、余の前でその話をするな」

 威圧するかのような態度に、臣たちは少々どよめいた。
 散々目にしてきた“気弱な王”という印象からは乖離(かいり)した姿に驚きと動揺が隠せない。

「し、しかし……」

「王である余が決めた妻に、いち臣下に過ぎぬそなたらが口出しするのか?」
< 380 / 597 >

この作品をシェア

pagetop