桜花彩麗伝

 ────その凄みを受け、目の前にいるのが本当にあの惰弱(だじゃく)傀儡(かいらい)なのか、誰もが疑ったという。

 怯えた素振りなど微塵(みじん)もない。
 凛々しい顔つきで(おみ)と相対する彼は、紛れもなく“王”と評するに相応しい。
 誰への恐れも遠慮も捨て去っていた。

「主上……」

 言葉を探すように沈黙した彼らを、王は毅然として眺める。

「……正妃云々(うんぬん)という()()のほかには、春蘭が罪人の娘だからならぬと申すか」

「それは……」

 肯定を意味するような静寂が流れた。
 みなしてつい先刻はあれほど威勢がよかったのに、いまや何たる沮喪(そそう)ぶりであろうか。失笑ものである。

「そなたらが案ずる必要はない」

 断言した煌凌は玉座へと座り直す。
 その言葉に泰明殿の中がさざめいた。
 構わず清羽を呼びつけ、彼の持ってきた詔書(しょうしょ)を掲げる。

「ここに余は命を下す。罷免(ひめん)した鳳元明だが、その罪を立証することはできず、一連の事件の真相は分からぬままだ。ゆえにあの者へ下した処分は、いささか不相応であったと言わざるを得ぬ」

 ざわめきが徐々に大きくなっていく。
 王は怯むことなく続けた。

「本日、余は改めて鳳元明を宰相に任ずる。中書令の任と(あわ)せ、復職させる運びとする。娘の入内(じゅだい)という功績を考えると、何ら不足はない」

 蕭派である臣たちの顔が青ざめていく。
 焦りから額に汗を浮かべる者もあれば、不満から眉をひそめる者もあった。

「しかし、主上! そのような横暴な────」

「これは王命だ。異論は認めぬし、誰にも覆させぬ」

 煌凌は凜然としてはっきり告げると、立ち上がって階段を下りた。
 清羽を伴い、ざわめく臣たちの間を堂々たる歩みで通り過ぎていく。



 泰明殿を出てその扉が閉まると、はぁ、と大きなため息をついた。
 いまになって心臓が暴れ出す。指先まで小さく震えてしまう。
 ……恐ろしかった。不安であった。
 きちんと、王として、王らしく振る舞えていたであろうか。

「……陛下」

 不意に呼ばれ、顔を上げた。
 そこに立っていた朔弦は、煌凌と目を合わせてから礼をする。
 これまでのような形式的な拝とは明らかに異なっていた。

「朔弦」

「ご立派でした」

 素直な褒め言葉を口にした彼は、わずかに口端を持ち上げる。
 どうやら殿内の様子を見聞きしていたようだ。

『おまえに何ができる!』

 あの叱責を経て、初めて認められたような気がした煌凌は瞠目(どうもく)した。
 感極まったようにその瞳が揺れる。
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