桜花彩麗伝

「春蘭! 誰なんだよ、こいつら。知り合いなのか?」

 眉を寄せた櫂秦に問われ、春蘭は頷く。

「ええ。改めて紹介すると、晋莞永と箕旺靖よ。前に薬材や()(ぶみ)の事件なんかで協力してくれた、左羽林軍の兵士」

「左羽林軍? なら、朔弦の部下なのか」

 そういえば、朔弦とともに鳳邸へ来ていた莞永には見覚えがあるような気もする。
 そんなことを考えた櫂秦の首根っこを掴み、紫苑は無理やり頭を下げさせた。彼は「うっ」と小さく(うめ)く。

「失礼しました。上官への態度もなっていない、道理の分からぬ無礼者で」

「あ、いや、気にしないで! 無理言ってるのはこっちなんだし……」

「無理、って? そういえば、ふたりはどうしてここに?」

 改めて彼らを見やり、春蘭は首を傾げた。
 以前のような兵装束(へいしょうぞく)ではなく、私服姿のようだ。何かあったのだろうか。

「お嬢さまぁあ! 助けてください!」

 ひし、と春蘭に縋った旺靖が泣き喚くように言った。
 困惑しつつも紫苑が無言ですみやかに引き剥がす。

「え? な、何?」

「謝将軍が……左羽林軍をクビになっちゃったんすよ!」

「えぇ!?」

 春蘭と櫂秦の声が重なった。あまりにも唐突な事態に理解が追いつかない。

「……やはり、ここへ来ていたか」

 そこへひときわ冷静な声が響いてきた。
 呆れたような面持ちの朔弦が現れる。
 思わず彼を見つめるが、否定や訂正の言葉は一向にない。

「実は一昨日、将軍の執務室で待ち構えてた蕭尚書から罷免(ひめん)を言い渡されて。息つく間もなく、吏部からお達しが届いたんです。“柊州の州府へ異動を命じる”って」

「柊州ですか?」

 思わず聞き返した紫苑に、再び莞永は首肯(しゅこう)する。またしても旺靖が喚いた。

「だからまた前みたいに助けてください! こんなの理不尽っすよね? おかしいっすよ!」

 衝撃を受けたまま、春蘭は朔弦を見上げた。
 相変わらず真意の見えない無表情を貫いている。

「ほ、本当なんですか?」

「……ああ」

 あっさりと肯定されてしまった。
 まるでこの世の終わりのような様子のふたりとは異なり、どこか余裕さえ窺える。
 彼はさらに呆れたように、ふたりに一瞥(いちべつ)ずつくれた。

「本当に、どうか助けてくれ。罷免も異動もわたしへの命なのに、こいつらは“ついていく”と言って聞かないんだ」

「将軍……」

「謝将軍!」
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