桜花彩麗伝

 彼らの咄嗟の抗議も、朔弦はまったく気に留めなかった。
 笑っている場合ではないのだが、春蘭は何となく笑みがこぼれる。
 冷血漢(れいけつかん)のごとき朔弦であるが、その実際の人間性を知ってしまえば、莞永たちの気持ちが痛いほど理解できる。

 春蘭も師として尊敬して止まないわけであるが、彼ほど信頼できる存在はないかもしれない。
 どこまでもついていきたくなる忠心が、自然と湧くのである。
 その実績や聡明(そうめい)さ、人柄を思えば、当然と言えた。

 それほどのふたりの愛(?)を拒絶するのも、彼らを思ってのことであろうと優に想像がつく。
 そしてそれを分かっているからこそ、莞永たちも駄々をこねているのだ。

「じゃあ行きましょ、みんなで」

 言いながら春蘭が両手を打ち鳴らすと、一瞬の静寂があった。
 莞永と旺靖からは感激したような反応が、朔弦からは不機嫌そうな視線が返ってくる。

物見遊山(ものみゆさん)ではないんだ、ばかを言うな。おまえは後宮を離れるなと言ったはずだ」

 ぴくりと紫苑の眉がひそめられる。
 春蘭への罵倒(ばとう)であると受け取ったらしいが、口を噤んでいた。

 朔弦の怒りも言葉も予想通りであった春蘭は、微塵(みじん)も怯むことなくにっこりと笑み返す。

「でしたら、わたしの代わりにふたりを連れていってあげてくれませんか?」

 彼女のひとことに、朔弦は改めて部下ふたりを眺めた。
 ひとりは地の果てまででも追ってくるであろうし、もうひとりも暑苦しいほどの気概で追随(ついずい)するであろう。
 はぁ、と諦めたようにため息をついた。うまく言いくるめられた気がするが、観念するに足る。

「…………仕方ない」

 極めて不服そうではあるものの、渋々ながら許しを得られたことに莞永と旺靖は大歓喜した。
 無論、断られても職を()して勝手についていくつもりでいたのだが。

 丸くおさまったこの場にほっとした春蘭は、改めて朔弦に向き直る。

「それで、どういうことなんですか? 柊州の州府へ異動って……」

「言った通りだ。左羽林軍はクビ、柊州州牧に就任することになった」

「めちゃくちゃだなー。また蕭家が好き放題やってんだな」

「ていうか蕭派っすよね、吏部って」

「そうだね。吏部も兵部も戸部(こぶ)も、職権乱用と言わざるを得ないかな」

「戸部も?」
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