桜花彩麗伝
第十六話
休むことなく駆け続けた軒車は、昼前に柊州手前へ差しかかっていた。
州境を越えると、そこからは徒歩で領内へと踏み入れる。
柊州へと続く竹林の道を歩いていく。鬱蒼とした木陰に涼やかな風が吹き抜けた。
柔らかな葉の隙間から木漏れ日が射し、地面に光がゆらめく。
厳然としながらも爽やかな、絶佳の景色が広がっている。
とても“魔窟”へ通じているとは思えない。
荷を抱えて歩く莞永たちを朔弦は振り返った。
はら、と竹の葉が舞い落ちる。
「まずは公邸へ入るが、恐らく監視の目があるだろう」
「え、誰のっすか?」
「紅蓮教という武者集団だ。柊州を制圧している」
警戒しながら州内へ踏み込んだ一行は、閑散とした往来を目の当たりにした。
人通りがないわけではないが“商人の町”として名を馳せたとは思えないほど賑わいがない。
道ゆく人の表情は暗く、顔色が悪い。
髪も手つかずであれば、まとう衣も褪せ、しわになっていた。
とても彼らから“商人の矜恃”などは感じられない。
「随分とくたびれてるっすね……」
「無理もないよ。きっと紅蓮教の支配が全域に及んでるんだ。疫病まで流行ってたら、出歩く人も少なくなる……」
────鬱々とした気が拭えないまま、三人は公邸へとたどり着いた。
しばらくはここが生活の拠点となる。
その門を潜った朔弦は、ぴたりと足を止めた。そこら中に何者かの気配がする。
門などあってないようなものなのだろう。
姿こそ見えないが、庭林や牆壁の影に人が潜んでいる。紅蓮教の密偵であろうか。
「何か……寒気がしませんか? 猛獣に囲まれてるみたいな」
上腕に手を添え、莞永が身震いをした。
気配に勘づいたのは彼らが特別鋭敏であったためというより、所詮は紅蓮教がごろつきの寄せ集めであるゆえかもしれない。
その荒々しい性分を隠しきれておらず、監視すらままならないようだ。
「案ずるな。鼠にも劣る虫けらしかいない」
試しに朔弦が挑発のごとく毒を吐けば、彼らはいっそう殺気立った。ちゃき、と剣を抜く音さえ聞こえる。
まったく呆れてものも言えない。ため息すら出ない。
自ら居場所を知らせたも同然である。
「虫けらっすか?」
「ああ、おまえたちに仕事をやる。そこら一帯にいる虫を始末してくれ。一匹残らずな」
「え。は、はい!」
旺靖はついきょとんとし、莞永は戸惑いののちに返事をする。
ともかく仕事を任されたことが嬉しく、役立ちたい思いで気を引き締めた。