桜花彩麗伝
事前に櫂秦が見つけ出していた“抜け道”は、桜花殿からほど近い牆壁にあった。
低木をかき分けたそこにぽっかりと穴が空いている。裂いて破られた紙のように、いびつな穴である。
それぞれ着替えた上、そこから抜け出した三人は往来へと出た。
何らかの所用へ向かう橙華と先に別れ、さっそく堂へと向かった。
「夢幻」
「久しぶりですね、春蘭に紫苑。元気そうで安心しました」
これまでのように着替えや食糧の差し入れも兼ね、顔を合わせた彼は特段変わりない様子である。
しかし、見慣れない櫂秦の姿にやや困惑している気配があった。
「ところで、そちらの彼は?」
「ああ……俺は櫂秦だ」
面食らったようにふてぶてしさを欠き、いつになく口数が少ない。
紫苑が「どうかしたのか」と訝しげに尋ねれば、彼は我に返った。
「いや、珍しい髪色だからびっくりしてた。すげぇ綺麗な色してんなー」
「九死に一生を得た代償でしょうか。さすがお目が高いですね、雪花商団の頭領殿は」
くすりと嫌味なく微笑み、見事に櫂秦の正体を言い当てた。
意図的に隠したわけではなかったが、先んじて見抜かれたことに驚いてしまう。
「何で分かった?」
「以前、光祥殿があなたの名を口にしていた覚えがありまして。その反応からして間違いなさそうですね」
「あー、あいつか。ならいいや。説明する手間が省けてよかったぜ」
どかっと櫂秦は椅子に腰を下ろした。
すっかりいつもの調子を取り戻しているが、わざわざ咎めるのも億劫になり、紫苑はため息をつくに留まる。
肩をすくめて笑った春蘭もまた空いた椅子に腰かけると、夢幻が「それはそうと」と切り出した。
「あなたは無事、後宮入りを果たしたはずでは? なぜ雪花商団の頭領と行動をともにしているのです?」
「そうなんだけど、彼と紫苑が護衛になってくれたの。今日は折り入って話したいことがあって、こっそり抜け出してきたのよ」
────かくして現状報告をしながら、雪花商団や紅蓮教に関する情報がないかを尋ねてみる。
「そうですね……」
例の武者集団の横暴については夢幻も聞き及んでおり、訝しんでいたところであった。
「紅蓮教は蕭家の権威を笠に着ているのでしょう。だとして、この時期にいきなり妙だと思っていたら、蕭帆珠の入内でつけ上がっているというわけですか」
春蘭から帆珠の話を聞き、腑に落ちた。連中が増長しているのはそのせいであろう。