桜花彩麗伝



 事前に櫂秦が見つけ出していた“抜け道”は、桜花殿からほど近い牆壁(しょうへき)にあった。
 低木をかき分けたそこにぽっかりと穴が空いている。裂いて破られた紙のように、いびつな穴である。

 それぞれ着替えた上、そこから抜け出した三人は往来へと出た。
 何らかの所用へ向かう橙華と先に別れ、さっそく堂へと向かった。

「夢幻」

「久しぶりですね、春蘭に紫苑。元気そうで安心しました」

 これまでのように着替えや食糧の差し入れも兼ね、顔を合わせた彼は特段変わりない様子である。
 しかし、見慣れない櫂秦の姿にやや困惑している気配があった。

「ところで、そちらの彼は?」

「ああ……俺は櫂秦だ」

 面食らったようにふてぶてしさを欠き、いつになく口数が少ない。
 紫苑が「どうかしたのか」と訝しげに尋ねれば、彼は我に返った。

「いや、珍しい髪色だからびっくりしてた。すげぇ綺麗な色してんなー」

「九死に一生を得た代償でしょうか。さすがお目が高いですね、雪花商団の頭領(とうりょう)殿は」

 くすりと嫌味なく微笑み、見事に櫂秦の正体を言い当てた。
 意図的に隠したわけではなかったが、先んじて見抜かれたことに驚いてしまう。

「何で分かった?」

「以前、光祥殿があなたの名を口にしていた覚えがありまして。その反応からして間違いなさそうですね」

「あー、あいつか。ならいいや。説明する手間が省けてよかったぜ」

 どかっと櫂秦は椅子に腰を下ろした。
 すっかりいつもの調子を取り戻しているが、わざわざ咎めるのも億劫(おっくう)になり、紫苑はため息をつくに留まる。
 肩をすくめて笑った春蘭もまた空いた椅子に腰かけると、夢幻が「それはそうと」と切り出した。

「あなたは無事、後宮入りを果たしたはずでは? なぜ雪花商団の頭領と行動をともにしているのです?」

「そうなんだけど、彼と紫苑が護衛になってくれたの。今日は折り入って話したいことがあって、こっそり抜け出してきたのよ」

 ────かくして現状報告をしながら、雪花商団や紅蓮教に関する情報がないかを尋ねてみる。

「そうですね……」

 例の武者集団の横暴については夢幻も聞き及んでおり、訝しんでいたところであった。

「紅蓮教は蕭家の権威を笠に着ているのでしょう。だとして、この時期にいきなり妙だと思っていたら、蕭帆珠の入内(じゅだい)でつけ上がっているというわけですか」

 春蘭から帆珠の話を聞き、腑に落ちた。連中が増長しているのはそのせいであろう。
< 396 / 415 >

この作品をシェア

pagetop