桜花彩麗伝
「紅蓮教についてはどれほどご存知なのですか?」
「根拠地が王都・雛陽の外れにある千江寺だということは掴んでいます」
もともとそこは僧侶たちの寓居を兼ねていたが、身勝手にも彼らを追い出し、紅蓮教徒が根城として使っているのであった。
「柊州での悪目立ちの印象が強いけど、意外にも根拠地は都に置いてるのね」
「ということは、頭は都にいるかもしれないと?」
「十二分にありうる話でしょう」
目の前で繰り広げられる話を聞きながら、櫂秦は「なあ」と身を乗り出す。
「雪花商団の情報は?」
紅蓮教に関しては無論、無視できないどころか知りたいことは山々だが、最も気にかかっているのは兄や姉たちの安否であった。
「……いまのところ、商団の話は入ってきていませんね」
妃選びが中止となり、残っていた候補者である虞家の家門は没落した。
寧家に至っては本筋が潰え、凋落以上の悲劇に見舞われたことであろう。
「ただ、楚家の娘は桜州内の親戚宅へ逃れたようです。あなたの姉君は無事なようですよ」
「本当か!? ……ああ、ならよかった」
そのことには春蘭も心から安堵した。
瑛花宮で別れたきり、その後の状況が分からなくなっていたが、無事だったのであれば何よりだ。
あとは兄である珀佑の足跡を、朔弦が掴んでくれることを願うばかりである。
しばらく力を抜いていた櫂秦がはっと顔を上げ、不意にひらめいたように言う。
「……そういや、あれか。俺が忍び込んだのが千江寺だったってことか」
ひとまず姉の無事が分かり、ほかのことに気を回す余裕が生まれたようだ。
ふと直感的にひらめいたことを口にする。
「もっかい侵入するか? 内情も探れるし、百馨湯を奪えたらまた配給できるし」
「あまりにも危険よ。それに、いまとなってはどうかしら……」
連中は確かに容燕の手下だが、あくまでごろつきである。
過去、その根城に部外者の侵入を許すという失態を犯した彼らに、容燕が二度目の機会を与えるとは考えづらい。
実際にこうして、そこに百馨湯があるという情報を掴まれてしまっている。
乗り込まれ、奪われることを危惧するはずだ。いつまでも百馨湯をそこに置いておくであろうか。
「現実的じゃないな。勢い任せではきっと二の舞になる……。何にしても、もう少し情報が欲しいところですね」
◇
「そうか、鳳婕妤が微行を……。さっそく脱走したか」
雛陽の一角にある白家別邸で、間者からの密告を聞いた文禪はほくそ笑んだ。
「まるで隙だらけではないか。まあ、そなたも抜け出して密告しやすいだろうし、容燕殿には折を見計らってわたしが伝えよう」
「……はい」
舌足らずな声で小さく頷いた間者、もとい橙華に文禪は金目の指輪を差し出してやった。
玉や金でふんだんに装飾の施されたそれは、売れば相当な値がつくであろう。
「引き続き、そなたは鳳婕妤を監視しろ。何か動きがあれば、どんなに些細なことでも報告するように」
文禪の有無を言わせない言葉に、橙華は再び消え入りそうな声で「はい」と答えるのであった。