桜花彩麗伝

第十七話


「ひどいありさまでした……。百馨湯があれば、少なくとも疫病(えきびょう)はどうにかなると思うのですが」

 榮瑶はその目で見た柊州の現状を嘆いた。以前よりいくらか衰退しており、見るに堪えない。
 朔弦には「分からない」と答えたものの、実のところは十中八九、百馨湯は処分されてしまっていると踏んでいた。これでは終息は望めない。

「あるにはあるだろう。連中の手元に」

「え……」

 さっそく実務に追われながらも朔弦は淡々と答えた。
 前州牧である榮瑶が臨時での就任だったため、主にその前の州牧からの引き継ぎ作業である。
 ところが、前々州牧の男が疫病と紅蓮教に恐れをなして逃げ出した腰抜けであったせいで、何かと手間を費やす羽目になっていた。

 しかし、榮瑶の言葉には適当に答えたわけではなく、確信を持って断言することができた。

 背後にいるのは、まず間違いなく蕭家である。
 疫病の蔓延(まんえん)を傍観しているのは、唯一の特効薬である百馨湯の値を操りながら、時機(じき)を待っているためだ。
 紅蓮教と共謀した上で患者を利用し、利食(りぐ)いを目論んでいる。
 独占した分も取り上げた分も、財となる百馨湯はすべて蕭派が管理しているはずである。

 現状、柊州は蕭家の独壇場────どこに隠されていてもおかしくない。

「紅蓮教徒が隠し持っているか、それ以外では蕭派官吏の屋敷だろう。戸部尚書である白文禪の本邸も柊州にあるな」

「そ、そうですね……。白家は確かに怪しいです」

 後者である場合、蕭派である屋敷のひとつが代表して所有しているのか、あるいは分配して各々が管理しているのか、いずれにせよ白家が百馨湯を隠し持っているのは堅いと言える気がした。

「そもそも蕭派の中でも白家は以前からうちと……というか、父上と親しく近い存在なんです」

 さらには、榮瑶の所業を知った彼らは警戒を深めるはずである。
 百馨湯の奪還を危ぶみ、見つかりづらい、かつ安全なところに隠しておくだろう。
 白家の本邸は妥当であると言えた。
 侵入も(かた)い上、榮瑶の話によれば、文禪も喜んで協力するであろう。

 朔弦は手を止め、思案するように口を噤む。

 踏み込む口実が欲しいところである。
 もしかすると、最悪は雪花商団頭領の兄である珀佑とやらもそこに捕らえられているかもしれない。

「どうしたらいいんでしょう? まさか、堂々と立ち入って調べるわけにもいきませんよね……」

「そう焦るな」

 こと、と筆を置いた朔弦は悠然と立ち上がる。

「まずは紅蓮教との繋がりを弱めるべく、連中の悪行を取り締まっていくことにする。州牧として、徹底的にな」
< 398 / 400 >

この作品をシェア

pagetop